こんにちは。畑の魅力伝道師のやなぎさわまどかです。これまでのコラムでは編集・ライターとして働きながら、家庭菜園で畑を取り入れた暮らしについてご紹介してきました。今回は「食」についてお話したいと思います。

かつてない状況にあるこの世界でも、新しく就職や進学といった人生のステージを進める方々のことを考えていました。これまでわりと自由に生きてきたわたしは、”何月になったから就活し始める”とか、”何年入社だから同期”といった世間で一般的といわれる概念を全く経験せずに生きてきたため、この春きちんと歩き出した若き友人たちを応援しているのです。同じ年代だったときの自分の至らなさを思い出すと、もはや尊敬の思いです。

暮らしの術が全く身についていなかった自分

10代で留学を決め、親元を離れた時のわたしは、典型的な「一人で大きくなったような顔」をしながら、暮らしの術は何ひとつ身につけておらず、当時の得意料理は「ゆで卵」でした。正確には、得意というよりも「唯一できる料理」という方が事実に近く、情けないことに「あした飛行機に乗って海外で暮らし始める」というタイミングになって、初めて不安がこみ上げる始末。

その時点で泣きつかれた母も困ったと思いますが、「ゆで卵をうまく作れれば、潰して塩とマヨネーズで和えるとあなたの好きなタマゴサンドがつくれるから」と、ちょっと料理っぽくなる風にゆで卵の作り方を教えてくれました。

(大好きな菜の花。菜の花はアブラナ科の野菜の花芽なので、大根、白菜、かぶ、小松菜、ルッコラなど家庭菜園でも色々な種類を楽しめます)

料理は、簡単でいい。

それ以来、この数十年でゆで卵を作った回数を思い出すことはもうできませんが、カナダのアパートで最初にゆで卵を作り、パンに挟んでお腹を満たすことで感じたような、小さな小さな自信を自分なりに積み重ねてきました。プロのそれには全く及びませんが、気がつけば、今の私にとって料理はいちばんの趣味であり、生活であり、家族や友人との繋がりであり、元気やクリエイティビティの源でもあります。

今、料理と仲良くなれない気がしている方も、どうか安心してください。どんなに簡単な調理でも、向き合うことを続けているうちに、料理は自然とあなたの味方になってくれます。

(畑からサササッと摘んだ菜の花を洗って刻み、茹で上がる1〜2分前のパスタ鍋に投入してソースと和える簡単ランチ。)

昔の自分に伝えたいことを考えてみる

いま、もしも昔の自分に会えるなら、「料理を楽しめるといろんな良いことがあるよ」と伝えたいのですが、もしひとつだけ挙げるなら「お味噌汁を作ってみて」と言いたいです。(おそらく当時も家族からは散々言われてて私が聞いてなかっただけなんですけど)

当時のわたしは、たまたま教わったゆで卵を料理と呼んで満足していましたが、味噌汁という「料理」のポテンシャルは本当に大きいと思うのです。誤解を恐れずに言うと、味噌汁の具はなんでも成り立ちます
野菜はもちろん、生卵を落としても、食べ切れなかったキムチを入れても、いただきもののおせんべいを割り入れても、半端に残ったソーセージでも、ほとんどものを受け止める、大きな懐をもつ味噌汁。もっと言うと、具ナシでお湯に味噌を溶かしただけの”味噌湯”も良いものです。

料理のスタートレベルが低かったこともあり、なんでも受け入れてくれる味噌汁という「料理」は、わたしにとってはすごく大きな、救いのような存在です。

(買い物し忘れたり、お弁当買って済ませたり、そんな自分もお味噌汁があると少し自信になる。)
(二泊以上の出張や旅に行くときは、味噌を持ち歩いています。どこでも味噌汁。)

自炊料理のことばかり書いてしまいましたが、今わたしの自炊の根源は家庭菜園にあります。まだまだうまくいかないことばかりの畑でも、「味噌汁に入れよう」と思えたら、小さすぎる芋も、細すぎる人参も、苗だと間違えられるような細いネギも、どれもこれも大切な「食」だと実感できるのです。

この春、混乱の中で社会に飛び出たみんなに昔の自分を重ねながら、今日も味噌汁をつくります。