このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

自分の望む生活に「ちょうど良い働く時間」「自分の幸せを維持できる働く時間」を、皆さんは考えたことがありますか?

大切な家族との時間が取れない、料理を作る時間がなくて外食やコンビニ食ばかり。「働く」時間が多すぎて「暮らし」の時間が足りない、なんて人は多いのではないでしょうか。

今回は「暮らし」を最優先に考え、「働く」をコントロールしながら栃木県でアスパラとお米をつくっている、YOZE FARMの後藤 啓介(ごとう けいすけ)さんにお話を伺いました。

冬は2、収穫期も7の力で。余力を残しながら働く

ハタケト:まず、後藤さんの農園と働きかたについて教えてください。

後藤さん:那須の山々の麓にある栃木県大田原市で、主にお米とアスパラガスを作っています。YOZE FARMの由来は、私が生まれ育った大田原市余瀬(よぜ)というところに畑があるので、そこから美味しいものを発信したいという思いから名付けました。

今は3歳・5歳の娘と妻、母、祖母と一緒に暮らしています。那須は寒いので、一般的に冬にはあまり野菜を栽培しません。冬にあくせく働け、という文化がこの辺りの農家にはないんですよね(笑)

妻にもアスパラの収穫期には選別作業等手伝ってもらいますが、基本はぼくと、1日3〜4時間パートさんに2人ほどお願いしています。

パートさんもあまり働きたくない方というか……(笑)20〜80歳まで、約12名の方にお願いしています。お子さんの都合等での急なお休みにも対応できるよう、ある程度働く時間に融通が効く方々にお願いしているんです。

お陰で、ぼくの働いている時間はこれくらいですかね。

ハタケト:20〜80歳はすごい!パートさんにとっても働きやすい環境ですね。知り合いのアスパラ農家さんは、収穫期は夜遅くまで作業をしていると聞いたので、もっと作業時間も長いのかと思いました。

後藤さん:今は5年目になるのですが、初年度はどれくらい収穫できるかわからず、働きかたも上手く掴めずに本当にヒーヒー言ってました。今は割とうまくいっていて、理想に近い働きかたかもしれません。

アスパラの収穫期も、収穫期間が長いので、体力を温存して持続させるることを大切に考えています。体が資本ですからね。体力をMAX10としたら、頑張りすぎずに7くらいで余力を残しながらやる感じです。冬の時期はトラクターに乗った作業も多いので、2くらいでしょうか。

自分に無理のない範囲で仕事をしています。

いやあ、できるのであれば基本的に働きたくないんですよね(笑)

世界で見た、働きすぎない多様な働きかた

ハタケト:基本的には働きたくないんですね(笑)。後藤さんはどうしてそのように考えるようになったのですか?

後藤さん:ぼくは元々会社員で、父の田んぼを継いだんです。会社員時代に多様な価値観に触れたことは、今の自分への影響が大きいように思います。

アメリカでの海外在住勤務時、10歳くらい年上の韓国籍の方とルームシェアをしていたのですが、彼女は全然働いていなかったんです(笑)。留学コーディネーターのような仕事をしていたらしいのですが、ベランダから海沿いを眺めて過ごしたり、俗世間から外れている感じでした。

「何のために生きているか、立ち止まって考えることも大事。」なんてことも言われたり。

仕事が終ってからも向こうは日が長く、残業もあまりなかったため、自分の時間が多くあるように感じたんです。その後の中国在住の際も、なんだか真面目に働いていない人が多かったと言いますか(笑)。日本人は本当に真面目で、勤勉なんだなと感じました。

そんなふうに、人生のメンターのような日常ではあまり接することがないような変わった方にあう機会が多かったんです。めいいっぱい働くことの常識に違和感をもち、もっと自由な働きかたや、働きすぎない働きかたがあることを知りました

働きすぎた父から学んだこと

ハタケト:それはなかなか多様な価値観に触れましたね。どうしてそのような中で農家を選ばれたのですか?

後藤さん:ぼくは一人っ子なので、父の田んぼを自分がどうにかしないといけないという意識はありましたし、ゆくゆくは農業をするという気持ちも少しはありました。

父は兼業農家で、設備会社に勤務をしながら、空いている時間で自分で設備業のアルバイトをしたり、お米作りをしたり。お米は約10haなので結構な規模です。(全国の販売農家平均の5倍*)ほぼJAに出荷していましたが、仕事関係で知り合う方の繋がりから自分で直売もしていました。

平日休日関係なしに、いつも働いているような父で、多分働きすぎだったんですよね。

2013年に父が前立線がんであることを知り、2014年に会社を辞めて実家である大田原に戻り、父に教わりながら農業の第一歩を歩み始めました。なんとかその年の稲刈りも終えたころ、なんと父が下半身不随になって歩くことができなくなってしまい、翌年の収穫期を迎える前に亡くなりました。

ハタケト:2年目はお米を一緒に味わえなかったのですね……。 

後藤さん:父が亡くなる数日前に、田んぼの状態を見て回り「これなら大丈夫だ(稲刈りできる)」と言ってもらえたので、なんとか認められたとは思います。お米は、自宅から遠い圃場を整理して半分の5haにし、周りの方に相談もして、アスパラで独立して新規就農することに決めました。

父の病気で就農が早まったという感覚はありましたが、当時は31歳で体力もあり、挑戦もできる若いうちで良かったと今では思いますね。

働きすぎて早くに亡くなった父のこともあり、「働きすぎたら負け」と思っている節があります。それくらいで考えていないときちんと休めないので

ハタケト:後藤さんは、多様な価値観に触れたことやお父様のことがあり、「働きすぎないこと」を大事にされてるのですね。

*100m×1,000m、農林水産省の統計によると販売農家の経営耕地面積全国平均は2ha前後

「small is beautiful」 無理のないコントロールできる範囲でみんなが幸せに

ハタケト:「働きすぎない」ことによる時間は何に使いたいと考えているのですか?

後藤さん:だらだらしたいですね(笑)。テレビを見たり、本を読んだり、生産性のない時間も大事だと思うんです。

それと、家族との時間を大事にしたいです。3歳と5歳の娘がいるので、小さい今のうちだけの、かけがえのない時間を大切に過ごしたい。

今の理想の時間配分は、「家族・仕事・趣味=6・3・1」ですね。時々自分の興味があることを調べたりする時間は欲しいですが、それ以外は家族との時間でも良いと思っています。

普通に会社で働いていると、家族と過ごしたい大事な時期でも難しいことが多いですよね。先日、管理職になった同級生の話を聞いて違和感を覚えました。お子さんが小さいそうですが、仕事で帰宅は早くて9時前、12時を過ぎることもあるとか。ぼくは毎日、17時には娘とご飯を食べ、20時過ぎには一緒に布団に入っているので。

ハタケト:後藤さんは、「暮らし」と「働く」のバランスをとり、ご家族との時間を大切にできているのですね。

後藤さん:もっと働けば、多分もっと稼ぐことも出来るんです。まだ若いので、もちろん畑を大きくしてより稼ぎたい気持ちはあります。大規模で目立っている農家に羨ましいという気持ちがない訳ではないです。

でも、大規模経営には必ず障害がある。どこかで何かに無理がでるし不幸が伴い、ぼくは休めなくなる。「small is beatiful」なんて考え方があるじゃないですか。

あまり無理に規模を大きくせず、無理のないコントロールできる範囲でみんなが幸せに。家族を大事にしながら大きく経営するのは難しいのかなと。ずっと幸せは続かない気がするんです。

それに、本などで死ぬ前の後悔に「働きすぎた、もっと○○しておけば良かった」とよく目にします。死ぬ直前に人生を振り返った際に、「もっと働いておけばよかった!」という後悔は、おそらくないはずです。

畑での深い思考の時間がブレない自分をつくってくれる

ハタケト:後藤さんは大規模な経営に憧れはあれど、なぜそのように自分の考えがぶれず、芯を持って行動出来るのですか?

後藤さん:畑での作業が自分との対話の時間となり、心身共にメンテナンスすることに繋がっています。

自分の深い部分まで思考を巡らせることで自分を見つめ直し、自分の考えている本質を見つめ直したり、整理したり。普通に働いていて忙しいと、そんな時間取れないかもしれません。そういう時間があることは畑の良さだなあ。

あとは、あまり働きたくないと言いましたが、正直そこまで「働いている」という感覚が今はなくなってきました。

最初のころは、農作業が生活から切り離された「仕事」だったんです。5年目となったこの冬ごろから、この時期はこれをやる、といった具合が自分の中に感覚として染み付いてきました。周りから見たら働いているようにしか見えないと思うのですが、自分としては「暮らしの中に組み込まれてきた」といった具合です。

さらに、「休む時間」も「暮らし」「仕事」と繋がっているんです。固定で休む時間が決まっているのではなく、体や天気と相談した上での、自然に発生する「休み」。

休みも「暮らし」、働くも「暮らし」。「暮らしと働く」が離れていない農家だからこそ出来る働きかたかもしれません。

(インタビューここまで)

働きすぎであったお父様の影響や、海外在中時に多様な働きかたに触れたことで、「暮らし」と「働く」のバランスとることを大事にしている後藤さん。コントロール出来る範囲で無理なく働き、ご自身や家族との幸せを模索している姿が印象的でした。

皆さんが「働く」や「暮らし」を考えるきっかけになれば幸いです。