このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

今回お話を伺うのは、太陽農場の殿倉由起子(とのくら ゆきこ)さん。長野県の南に位置する飯田市で、りんごとしめじ、アスパラを栽培する農場をご家族で営んでいます。

小さなお子さんを抱えながら、楽しそうに農業のお話をされる姿がとても印象的な殿倉さん。昔は実家を継ぐ気はなく、大学はイギリスへ留学。そして東京でのホテルマン時代を経て、長野に戻られたそうです。

その背景には、一体どのような変化があったのでしょうか?

イギリスで気づいた、地元・長野の里山の恵み

ハタケト:本日はよろしくお願いします。とても見晴らしが良くて気持ちのいいりんご畑ですね。

殿倉さん:ありがとうございます。アルプス山脈が見渡せる里山で、お気に入りの場所です。今日は父と弟が収穫作業をしていますよ。

ハタケト:ご家族で農場を経営されているのですね。農業をされる前はどのようなことをしていたのでしょうか?

殿倉さん:わたしは高校を卒業してからイギリスに5年ほど留学をしていたんです。現地のホテルでインターンをしたり、帰国後も銀座のホテルで2年ほど働いていました。昔は農業が嫌いだったんです(笑)。

殿倉さん:専業農家(農業ひとつで生計をたてている農家)の生まれなので、休みもなく、暑い日も寒い日も厳しい環境の中で働く親の姿を見てきましたが、それが嫌で嫌で…。定時であがれて土日休みの仕事に憧れていました。

けれど、イギリスに出たことで自分が食べてきたものがすごく恵まれていたことに気がついたんです。この南信州の山々に囲まれた景色も素晴らしかったんだなって。

イギリスの大学では観光学を専攻していたので、ちょうどその頃流行っていたグリーンツーリズムに関心を持つようになり、何か実家の農場でもできたらいいなとぼんやりと思っていました。ただ当時は「ホテルで働きたい!」という憧れが強かったので、まさか農家になるとは思ってもいなかったです。

(インターン時代のイギリスのホテルにて)

ハタケト:そこからまたなぜ農業をやろうと思ったのでしょうか…?

殿倉さん:あるとき祖母が亡くなり、手伝ってほしいと言われたのが最初のきっかけです。最初は嫌々でしたがまずは半年間、手伝うために帰ってきました。

農業に向き合うきっかけは、若手農家との出会い

ハタケト:実際こちらに戻ってきて、今はどのようなことをされているのですか?

殿倉さん:太陽農場は両親と弟2人、5人のパートさんで分業をしているのですが、わたしはりんごを担当しています。品目によって担当は決めていますが、繁忙期に応じて柔軟にいろいろとしています。

ハタケト:もともとのホテル業とは真逆というくらい、仕事の環境が変わりましたよね…?

殿倉さん:やはりはじめは嫌でした。わたしはホテルでの仕事が天職だと思っていたので。正直なところ、今でも農作業するのは今でもあまり好きではないです(笑)。

でもだんだんとやっていく中で、4Hクラブ(20〜30代の農業者組織)や野菜ソムリエ(野菜果物に関する民間資格)など、いろんな方との繋がりが増えていき楽しくなっていきました

実ははじめは本格的に農業をやるのではなく、野菜ソムリエの資格を取って、自分たちが作った農産物を提供できるカフェを開業したいと思っていました。そのためのステップアップになったらいいなと、思っていたんです。

ただ、わたしと同じような農業の後継者たちの集まりに行ったときに、農業をこんなに頑張っている若者が身近にいたんだ!ってことにすごく刺激を受けました。

おじいちゃんおばあちゃん世代の農家さんしか知らなかったので、頑張っている若手農家たちに出会い、「自分も頑張れるかも!もっとちゃんと農業と向き合おう!」と思えたんです。

ハタケト:若手農家さんとの出会いが大きかったのですね。今では殿倉さんご自身もとても積極的に農業の情報発信や交流をされている印象です。

殿倉さん:そうですね。イギリスにいたときも、東京で働いていたときも、農業のことはあまり知られていないと実感したんです。まずは身近な方に農業のことを知ってもらいたいという思いで情報発信を始めたのがはじまりです。

あとは農業ってとても女性が重宝されるんですよ!農家から流通まで、男性の方が圧倒的に人数は多い。けれど、農産物を買うのは女性の方が多いでしょう?

農業と関わる最初の入り口は、女性は入りづらいかもしれません。でも入ってしまうと、女性ならではの意見を聞きたいという方はとても多いんです

女性農家というだけで注目して応援してくれる方もいますし、逆に私は苦労したことはないですね。

農家はトータルプロデューサー

ハタケト:本格的に農業をはじめられて、今では農業をどのように感じられているのでしょうか?

殿倉さん:農家はトータルプロデュースできるところが魅力的だと思っています。農家ってなんでもできるし、何者にもなれるんです。

ハタケト:農家は何者にもなれる…?

殿倉さん:はい。例えば、このりんごを栽培して終わりではなく、購入していただくために、パンフレットを作りますよね。そのときにライターさんのように文字を書いたり、デザイナーさんのようにデザインをしてみたり。あとは営業や広報PRも必要ですし。

自分の商品を売るために最低限のことはしています。これって、自分次第でいろんなことができるし、何者にでもなれることだと思っているんです。

会社員だと担当があって、仕事の内容はある程度決まっていると思うのですが、農家は自分次第でなんでもできる。逆にやることが多すぎて、大変な点もあるけれど、私はそれが楽しくて魅力的だと思っています。思い通りにプロデュースできるって楽しいですよ!

これはりんごジュースなのですが、郵送用のダンボールを工夫してみました。一見、普通のダンボールですが、箱を開けた瞬間、内側の絵が目に入ってくるんです。届いたときのワクワク感を演出してみました。

ハタケト:とっても素敵です!ボトルの布も可愛らしいですね!こういったアイデアがすぐに反映できるのは楽しそうです。「農業=農作業」をイメージしてしまいますが、クリエイターのような楽しみ方もあるのですね

殿倉さん:そうなんですよ。自分の一存で「今度はこれを作ってみよう!」ってすぐに実践できるのがいいですよね。

今年はりんごのお酒『シードル』を販売していきます。昨年収穫したりんごで飯田市の酒蔵・喜久水さんに委託醸造していて、今年酒販免許を取得予定なので、シードルの販売をする予定です。

今度はボトルはどうしようかな、など楽しいことがどんどん増えます。 それが今はすごく楽しみです。りんごは、ふじとシナノゴールドの品種を混ぜて、昨年の12月に仕込み始めました。今年の夏にリリース予定です。

農業は子育てに良い!?

ハタケト:それではさらに、今後のお話を聞かせてください。シードルを作るとのことですが、そのほか将来の目標やチャレンジしたいことはありますか?

殿倉さん:まずは農業体験ができるゲストハウスを開きたいと思っています。アスパラハウスの隣の土地に新築したいと考えていて、ただその場所が農地なのでもうちょっと時間がかかるかな。設計士さんにもお願いをしていて、ある程度の設計もできているんです。

これからインバウンドの人たちも増えるだろうし、自分の英語力も使えたらいいなと思っています。リニアが通ったら東京や名古屋からも近くなりますしね。

また今後は、経営の部分をしっかりとやっていきたいです。今は父が社長なんですけどゆくゆくはそれを継いで、農業はもちろんのこと、ゲストハウスやシードルなど外との関わりも増やしていきたいと思っています。

そして、なにより子育てかな。

東京にいたときは、ここでは子育てはできないって思っていたんです。保育園の子どもたちがカートみたいのに入ってお散歩していますよね。あれを見て、都会ではお散歩もできないのか…と、あまり都会で子育てするイメージができなくて。

ハタケト 殿倉さんは、こどもが思いきり走れるような、のびのびとした環境で子育てしたいとお考えなのですね。

殿倉さん自分がそうやって育ってきたので、やはり同じような環境で育てたいと思いました。また、農業は子育てにもいい環境だと思っています。

ハタケト:農業は子育てに良い…?どのような点が魅力なのでしょう?

殿倉さん:まずは、当たり前のように自然が身近にあること。外で遊べる環境は充実していますよね。あとは、わたしのように家族で経営をしていると、こうして子どもを連れて来ればみんなで面倒をみてくれるんです。このように融通がきくところはいいですよ。

ハタケト: では最後に「ハタケト」を読んでくださっている方に向けてメッセージはありますか?

殿倉さん:まずは、畑のことを知ってもらって感じてもらいたいですね。知ることってすごく大事だと思うんです。

想像しているだけではなくて、実際に畑の側で暮らしている人たちのところに行くとか、お試し移住をしてみるとか。いろんな方法があるので、ちょっとしたきっかけで田舎との関係は作れると思います。少し自分で触れてみて、違うなと思ったらまた他のところに行けばいいですし

私も何か新しいことをはじめたいときは、まずはやってみるようにしているんです。なので、勇気を出してちょっとでも足を踏み入れてみるといいかなと思います。「探すのが難しい」ということであれば、うちにもぜひ遊びにいらしてくださいね。

(インタビューここまで)

「農家は何者にでもなれる」という視点にハッとされた方も多いのではないでしょうか。

ホテル業界から農家の後継になる決意をした殿倉さん。女性ならではの視点の大切さやプロデュースできる面白さなど、農業に関わることへのポジティブなイメージが湧いてきた方も多いはず。これからの殿倉さんの活動にもぜひご注目ください!