※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

1月のテーマは「畑とわたしらしく働く」。

「自分らしく生きたい」とは誰しもが思うこと。でも、忙しい日々を過ごしていると自分の本当の声に耳を傾ける暇もなく時間が過ぎてしまうことはありませんか。

今回ご紹介するのは、神奈川県逗子市を拠点に活動する西村千恵(にしむら ちえ)さん。規格外野菜を使った瓶詰めのソースを製造販売し、逗子駅近くのコミュニティスペースで「畑クラブ」を主宰しているFARM CANNING(ファームキャニング)の代表をされています。仕事、暮らし、家族のバランスを探り、自然体で生き生きと活動されている千恵さんのお話は、自分らしく生きるヒントに溢れていました。

「人のために」が自分と家族を犠牲に

ハタケト:FARM CANNINGについて教えてください。

千恵さん:無農薬、有機栽培など、持続可能な農業に取り組む生産者さんから規格外野菜を買い取って、バーニャカウダソースなど野菜の瓶詰めを製造販売しています。また、「逗子ののせ」というコミュニティスペースを借りて「畑クラブ」も運営しています。畑クラブは半年間を通して、自然の循環を大切にした畑で野菜を育てたり、できた野菜をみんなで料理して食べたり、野菜ソースをつくって瓶詰めにしたりと、野菜づくりだけでなく、食卓と畑をつなぐことが活動の軸にあります。月間テーマとして、「菌とわたしたち」や「循環」など、未来の食について学び合う時間も大切にしています。

(畑クラブ初日は、みんなで畑の観察。どんな植物が育っているか、日当たりの良さや水源、傾斜、風の通り道など。畑を始める際にはこの土地の観察がとても重要なのだそう)
(豆類の根っこについている根粒菌は空気中の窒素を取り込み、土を肥沃にする役割をするため、夏に育てた枝豆は冬の間も根元だけ意図的に残す)

ハタケト:以前は東京に住んでいらしたそうですね。

千恵さん:東京で生まれ育ったというのもあり、東京は大好きでした。都内のオーガニックカフェでの仕事は学びもやりがいもありましたね。ただ、お店の忙しい時間帯が夕方から夜にかけてだったので、子どもが生まれてからは仕事の途中で子どもを保育所までお迎えに行き、仕事場の横で夜ご飯を食べさせて、仕事帰りの夫が子どもを家まで連れて帰ることも。わたし自身は仕事が終わったあとタクシーで帰るという、今思えば無茶苦茶な生活を続けていましたね。あるとき仕事から家に帰って、すでに寝ている子どもの寝顔を見ていたらなんだか悲しくなってきたんです。本当にこれでいいのか、こんな暮らしを望んでいたのか、人のためにと思って働いているけれど、自分や大切な家族が犠牲になっているのではないかと。

(撮影に伺ったのは10月。お花が咲いていたオクラはこの後タネ採りをして、また来年のタネにする)

千恵さん:そうしてモヤモヤしながら1年間くらい過ごしていたとき、2人目の妊娠が発覚しました。それがきっかけで辞める決心がつきましたね。仕事を辞めてからは、もっと自然の中で子育てをしながら豊かに暮らしたいと思い、葉山に移住を決めました。


「知ってほしい」という思いが、FARM CANNINGの始まり

千恵さん:家族で旬の野菜を採って食べられるような暮らしがしたいと思っていたので、葉山に引っ越してきてすぐに畑を探しました。すると、葉山の湘南国際村から横須賀にかけて広がる「めぐりの森」という、森に囲まれた広々と素敵な地域で新規就農された農家さんを見つけたんです。訪ねてお話を聞いていると人手が足りないということだったので、息子をおんぶしながら1年間、野菜の収穫や出荷の仕事のボランティアを始めました。ボランティアをする中で、無農薬で野菜を育てる大変さや農業だけで生計を立てることの難しさを目の当たりにしました。何かやりたくてもお金がない、人手が足りない。そんな農家さんの悩みを聞いて、農作業の手伝いではなく、違う方面からサポートできるかもしれないと思って独立した関係で関わることにしたんです。

ハタケト:農家さんを助けたいという思いが、行動に変わったのですね。

千恵さん:もちろん農家さんを助けたいという気持ちもありましたが、この素晴らしい畑をもっと知ってほしい。畑に人を呼びたいという気持ちの方が強かったです。

(畑クラブで使うタネや苗は、地域のお店や、パーマカルチャーとアートを取り入れた保育施設「ごかんたいそう」から仕入れることも)

千恵さん:ここをどんな場所にして行きたいか、と農家さんと話し合う中で、消費する場ではなく来る人みんなが何かを生み出す場でありたい。受け身ではなく、能動的なコミニュティを作りたいということで意見が合致しました。もともと都内にいたときから、畑をしたい人が継続できる場を作りたいと思っていたんですね。でも、野菜を育てるって大変だし、忙しい日々を過ごしていたらなかなか続かないのも現状。そこで、暮らしの導線上にあり、仲間が集まれば通い続けらるんじゃないかと思ったんです。そんな思いもあり、この山々に囲まれた素晴らしい環境で、農家さんに教わりながらみんなで畑仕事をしたり、お昼ご飯を作って一緒に食べたり、旬のお野菜を瓶詰めにしたりするコミュニティを立ち上げようと思いました。それがFARM CANNINGの始まりです。

ハタケト:瓶詰めのアイディアはどこからですか。

千恵さん:以前アメリカに行ったとき、ホームキャニングという言葉を知ったんですね。ジャムやピクルスなど家庭で作る瓶詰めのことで、日本でいうとたけのこの水煮のような、昔からある保存食の知恵のことです。

今は冷蔵庫が当たり前にありますが、常温で長期間保存できる術は昔から世界中にあったんですよね。そうした昔からの知恵を思い出すきっかけにもなったらいいなと思いました。それに、葉山の畑に来た人たちが、忙しい日常に戻っても四季の巡りを感じられるような日々でいてほしい。瓶詰めだったら忙しくてもすぐに使えるし、フタを開けると畑作業をしたことやみんなで一緒に作ったことも思い出すことができます。瓶詰めは野菜のおいしさだけでなく、自分たちが作った時間も詰め込んだタイムカプセルみたいなものでもあるんです。そんな思いを込めてファームキャニングと名付けました。

(規格外野菜がふんだんに入ったFARM CANNINGのソース。商品化するまでにはちえさんの自宅で試行錯誤し、何度も失敗と成功を重ねながら作り上げている)

畑に触れて気がついた、自然の完全なる秩序

ハタケト:参加された方のことで印象に残っていることはありますか。

千恵さん:一年を通したスクールの活動の中で、毎回大きな変化を迎える方がいたことです。結婚を決めた方や引っ越し、起業した方もいました。中でも一番多かったのは、転職した方ですね。定期的に季節の巡りを感じながら土に触れたり、畑クラブのみんなと話したりすることで、自分自身と対話し、心の中の本当の声に耳を傾けることができたのではないかと思っています。

(この日は土の菌について話ながら、なるべく耕さない農法でカリフラワーやケールなど13品目の苗やタネを植えました)

千恵さん:わたし自身も畑に触れて、時が来たら蕾をつけて花を咲かす植物、虫たちのコミュニティや食物連鎖などを見ていると、自然には完全な秩序があると気づくんです。下手に人間のちっちゃな脳みそでああしようこうしようと考えなくても、安心して自然のサイクルに任せればいい。人間も同じで自然のサイクルに乗ることができれば、自分の使命を全うして来たる時がきたら枯れる。背伸びせず等身大の自分でいればいいのだと思うようになりました。

(パーマカルチャーデザイン手法のひとつであるスパイラルガーデン。渦巻き状に高低差をつけることで陽の当たり方が代わり、一つの場所で様々な生態系が共存できるようになる。人と自然が豊かな関係性を築いていくためのデザイン手法であるパーマカルチャーは、千恵さん自身が学び、畑クラブでも取り入れている)

子育てと仕事の両立は腹八分目

ハタケト:お子さんは3人とのことですが、子育てと仕事のバランスはどのようにされていますか。

千恵さん:最初はバランスが難しくて、子どもが寝てから朝方まで仕事をするなど無茶をしていました。でも、朝方までやっても大きな視点で見るとその成果は微々たるもんなんですよね。小さな子どもがいる中で、もっと仕事に時間を使いたいと思っても無理があるし、無理をすると家族に負担が掛かる。それに、まだホニャホニャした赤ちゃんのかわいい時期は今しかないのだから、子育てが終わってから仕事のエンジンを掛けてもいいと思うようになりました。それからは、仕事は腹八分目を意識するようになりましたね。

(この日の畑クラブでは、土づくりについて学び合う座学の時間も。現在、畑クラブの土は、地域の逗子ガーデンの植物性堆肥と、クラフトビール醸造所「ヨロッコビール」のビール粕、そしてコンポストでできた堆肥を混ぜ込んで土づくりをしている)

千恵さん:わたしはもともと達成目標などゴール設定をすることは向いてないと思っていて、その瞬間瞬間でベストは尽くしますが、出会いや繋がりで新しい発想が生まれることが多いので、長期計画は立てなくなりました。

実は3人目を妊娠したことにもずっと気がつかなかったんです。いつかは欲しいなと思ってはいたのですが、仕事や暮らしのことを考えるとなかなか踏ん切りがつかなくて。その頃とても仕事が忙しく、正月太りが止まらない、体調もすぐれない、お酒もおいしく感じられない、ついに体を壊したかも、と思ったらもうすでに妊娠5ヶ月目でした。驚きと嬉しさで家族で喜びあった後、これから仕事と暮らしはどうなるだろうと一瞬頭をよぎりましたが、まあどうにかなるかと思いました。そう思えたのも、すでに近所に「ちょっと子どもを預かっててくれない?」と頼れる友達がいたおかげですね。

それから、家と学校と仕事場が歩いていける距離にあることも大きいです。例えば子どもが学校帰りに仕事場に寄って、おやつを一緒に食べて帰ることができる。そこで会話ができるし、何よりも安心しますよね。そんな環境だったので、大丈夫、なんとかなると思うことができました。

(この日の畑クラブでは菊芋を試食。外がカリッと揚がった揚げたてのおいしさといったら!もう、絶品でした)

夢は逗子・葉山の給食をオーガニックに

ハタケト:今後描いている、夢や野望がありましたら教えてください。

千恵さん:夢は山ほどあります!わたしの中で、FARM CANNINGの瓶詰めはアイコンです。規格外野菜を購入して瓶詰めを製造販売する根底には、食を通して命の美しさを伝えたい、みんながハッピーな世の中にしたい、という思いがあるからこその瓶詰めなんですね。日本でも最近はオーガニックやフェアトレードが注目されるようになり、徐々にそういったものが買えるお店が増えてきたとは思うのですが、実際に購入する人はまだごく一部の人です。

本当に持続可能な社会を実現していくためには、オーガニックやフェアトレードが当たり前な世の中にしたい、そのためには、安定した需要の上で無農薬や有機栽培をする農家さんが増えてほしい。だからこそ、自分が住む町の学校給食に、無農薬や有機栽培をしている地元の農家さんの作物も使って欲しいと思っています。毎日ではなくても、まずは月1回だけでも実現できたら、そこから子どもたちや周りの大人たちが、いろんなことを考えるきっかけになると思うんです。

みんなで食卓を囲むことはとても楽しいし、みんなで学びあうことができる。「おいしい楽しい美しい」を通していのちの循環や未来につながる食を伝えていきたいですね。そうやって、同じような未来を思い描いているさまざまな業界の人と一緒に、世の中をポジティブに変えていこうと手を取り合っていきたいです。

(インタビューはここまで)

「人間も自然のサイクルに乗ることができれば、自分の使命を全うして来たるる時がきたら枯れる」自然と調和してしなやかに生きる千恵さんのお話を聞いて、頭であれこれ考えずに自分の声を大切に耳を傾けること。あとは、自然に身を委ねたらいいんだ、と心がすっと軽くなりました。

千恵さんの描く未来に共鳴し、お話を聞いたあとすぐに畑クラブに申し込みました。みんなで「土づくり」について学びながら、畑作業をする時間はとても楽しく、清々しい時間。野菜たっぷりのランチとバターナッツかぼちゃの瓶詰めは、素材の味が生きていて絶品でした!

「未来につながる食」に向かってやりたいことで溢れている千恵さんの、今後の活動にも注目です。

ライター/hiroko 編集/やなぎさわ まどか

今月のテーマは「畑とわたしらしく働く」。あなたらしく働くための工夫や考え方などもぜひ、ハッシュタグ #畑とわたしらしく働く で教えてください。ハタケトへの感想やリクエストなどもお気軽にどうぞ。お待ちしてます!【Twitter】【Instagram】

また、過去にハタケトに登場した方々に学び、自分らしい農や食との関わり方を叶えていくコミュニティ「ナエドコ」は年に3回メンバーを募集しています。同じ思いをもつ人たちとつながり、励まし合いながら自分らしい道を見つけませんか?

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INFORMATION

西村千恵(にしむら ちえ)

西村千恵(にしむら ちえ)

FARM CANNING代表。農家さんから規格外の野菜を買い取り瓶詰め食材として活かす加工販売や、畑と食卓をつなぐ学びのコミュニティ「畑クラブ」を主宰。「もっと畑を日常に」をコンセプトに、持続可能な食が当たり前になる世の中になることを目指して、逗子を拠点に活動中。