このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

今回お話をうかがったのは「アドレスホッパー」という、定住する家をもたずに移動しながら生活するライフスタイルと、「好き」を仕事にすることを実現した「移動する料理家」、市橋加奈美(いちはし かなみ)さんです。管理栄養士として働いていた加奈美さんが料理家を目指すことになった原点や、移動や多拠点といった生活を始めるきっかけは何だったのかお伺いします。インタビューには加奈美さんの夫でアドレスホッパーの第一人者、市橋正太郎さんもご一緒くださいました。

体で覚えるまで。アシスタント時代

ハタケト:料理家として独立する前の加奈美さんは、料理家のアシスタントをされていたんですよね?

加奈美さん:そうです。元々は管理栄養士の資格を活かして、老人ホームで食事を作る仕事をしていました。利用者の皆さんが食事を喜んでくださることが嬉しくて、日々の楽しみや生きがいでもある家庭料理を仕事にしたいと思い、料理家を目指すようになりました。

通い始めたフードコーディネーター養成スクールを卒業してから、一度しっかり修行したいと思い、ご縁があって料理研究家のきじまりゅうたさんのアシスタントに就くことができました。料理本の制作や番組のロケ、全国のイベントなどあらゆる現場に同行させてもらう中で、食の楽しさや伝え方を教えていただいたんです。

また、きじま家は三代続く料理家一家で、お母様の直美先生のお手伝いもすることになりました。直美先生は丁寧な出汁取りや梅干し、ぬか漬けといった、昔ながらの家庭料理を得意とされており、とても大きな学びとなりました。

ハタケト:アシスタントをされていた期間はどのくらいですか?

加奈美さん:最初は3年くらいと考えていたのですが、アシスタントを続けるうちに、頭で覚えるのではなく自然と手や体が覚えるくらいまで習得したいと思うようになりました。また仕事を続けるうちに、アシスタントとは別にケータリングやオンライン料理教室など自分の仕事も始めたんです。少しずつ自分のやりたいことが見えてきたこともあり、アシスタント5年目、30歳になる節目で卒業を決意しました。

(ドラマの撮影現場にて撮影チームの皆さんと。一番左が加奈美さん。料理家きじまりゅうたさん(中央)の撮影現場は、みんなが家族のように仲良く、温かい仕事環境だった)

ハレの食ばかりでなく、ケの食が大切

ハタケト:独立後、加奈美さんはどんな料理家を目指そうと考えていたのですか?

加奈美さん:身体のことを考えた、ケの日の料理を発信していきたいと考えていました。アシスタント時代の仕事では、見た目も華やかなハレの日の料理が多かったんです。もちろん、心が喜ぶハレの日の料理も大切だけど、粗食のような滋味な食事も健康のためには必要だと思ったんです。身体に優しいケの日の食事も、もっと目立たせることができると思っています。

また、最近は調理の簡便さが重要視され、加工食品や食品添加物の使用が当たり前になり、素材本来の味が分かりづらくなっているのではないか、と感じることが増えました。愛情がこもった食材を手を加えすぎず自然のまま味わう。そんな素材の味を活かす料理で、食材の魅力を伝えることも大切だと考えています。

わたしの食の原点は、幼い頃に食べていた祖父母の作る野菜料理なんです。小さな家庭菜園だったのですが、もぎたてのとうもろこしを茹でて塩で食べるなど、シンプルで新鮮なおいしさが最高の贅沢でした。栄養があるから、と初物や旬の素材を大切にする手料理が忘れられず、おばあちゃんのような家庭料理を作る料理家になりたい、というのが自然とわたしの夢になりました。

(幼少期の加奈美さん(左)とおばあさまのきよこさん(右)。おばあさまはガーデニングが得意で、庭には梅・柿・柚子・金柑の他に数種類の草木が植えられいた)

加奈美さん:偶然ですが、直美先生に教わった家庭料理は、わたしがおばあちゃんから学びたかった料理でした。これまで色んなジャンルの調理を学んできましたが、やっぱりわたしは旬の素材を活かしたシンプルな料理が好きなんだ、と幼少期の原点に戻ってきた感じがします。

(きじま家で毎年恒例の梅干教室。今ではおばあさまの道具を使って、自分で梅干しを漬けている)

「移動する料理家」としての新たな挑戦

ハタケト:現在加奈美さんは、市橋正太郎さんと共にご夫婦で定住先をもたない移動生活をされているんですよね。

加奈美さん:そうです。正太郎さんとお付き合いを始めたのはちょうどアシスタントを卒業した頃でした。コロナ禍で、実家に戻ろうかと考えていた時に、彼が移動生活をしてるなら、とわたしもアドレスホッパーというライフスタイルに切り替えることにしたんです。

ただ、すぐに直面したのが自由に使えるキッチンがないという問題でした。料理家として自分の空間を持ち、手慣れたキッチンで丁寧に料理をすることに憧れていたので、新しいライフスタイルと仕事をどう両立させていくのかに悩みました。

はじめのうちは、移動生活に慣れることに必死だったのですが、次第に移動しながら料理することも面白いと思うようになったんです。その土地のキッチンを借りて調理し、お礼に料理を食べてもらう。そんなそこでしか生まれない一期一会の料理の面白さを発見しました。

醤油や味噌だけでも数多くの種類が存在するため、地域によって料理の味が大きく変わります。まだ知らない食材が各地にたくさんあるので、季節の素材と合わせながら、その土地ならではの食事を楽しみたいと思っています。

(福島県の自然農法無の会を訪れた際に皆さんと作った朝食。自然農法で栽培された新鮮な野菜はどれも瑞々しく、生命力を感じる味わいは体が喜ぶのがわかる)

加奈美さん:それと、昔アルバイトしていた飲食店のシェフが「地元やお世話になった土地の生産者さんを訪れた方がいい」とアドバイスしてくれたことも、心に残っていました。そのシェフは、全国の生産者さんに自ら会いに行き、こだわり抜いた食材や調味料を使っていたんです。アドレスホッパーの強みはいろんな場所に足を運んで人や食材に出会えることです。せっかく新しいライフスタイルに切り替えたのだから、わたしも自分の足で全国の生産者さんを訪ねて、食材の生まれる現場を見にいくフィールドワークをしたいと考えるようになりました。

第一歩として、兵庫県の米農家である夫の実家で、今年初めて田植えや稲刈りのお手伝いをしました。自分たちで田植えをし、 秋にたっぷり実った稲を見たときは本当に感動し、今まで風景としか見ていなかった田んぼが、一気に自分ごとになった気がしたんです。季節を通してお米が育ち、わたしたちの元に届くまでの過程を体験することで、食べ物を大切にする気持ちを改めて学ぶことができました。

(兵庫で叔父さんに教わりながら初めての田植えを体験)

ハタケト:正太郎さんは、加奈美さんと移動生活をはじめて何か変化はありましたか?

正太郎さん:ふたりで暮らす前は、リモートで仕事をしながら気の向くままに移動し、様々な土地の人や文化との出会いを楽しんで暮らしていました。二人で一緒に暮らすようになり、料理家の仕事がどのようなものかもわからないので、はじめは手探り状態でしたね。ただ、夫婦で生活するのだから方法は柔軟に変えていこうと話し合い、最近は、同じアドレスホッパーでも、無拠点のホテル暮らしから、各地に拠点を持つ多拠点生活に切り替えることにしたんです。

もちろん、妻の仕事にキッチンが必要というのも理由の一つなのですが、それよりもホテル暮らしが消費型になってしまう違和感が大きかったんです。僕たちにとって移動は、自分らしく生きていくために必要不可欠です。でも、現代の消費社会では移動と循環の両立はなかなか難しい。せめて食事は自炊を増やして玄米菜食に変える、ホテルの使い捨てアメニティは使わないなどの工夫はしたものの、どうしても外食が多くなったり、必要なものを現地調達すると包装がゴミになったりと限界にも気づいたんです。「子ども世代まで、気持ちよく生活できるようにするにはどうしたらいいんだろう?」と話し合った結果、移動しながらも循環型の生活に近づけないとダメだという考えにたどり着きました。

(1年前に玄米菜食と出会い、正太郎さんは17kgの減量にも成功。コロナ禍ではじめたファスティングスクール「healathy」には、加奈美さんが講師として参加。現在もふたりで玄米菜食を続けている)

キーワードは循環。自分らしく生きる選択

ハタケト:おふたりにとって「循環」は具体的にどのような意味を指すのでしょうか?

加奈美さん:自分と環境のバランスを考えて共生していくことが循環だと思っています。アシスタント時代に仕事やプライベートで悩むことが続いた時、精神面も含めて3ヶ月ほど体調を崩したことがありました。以来、自分を大切にしたいと思うようになり、心の声に耳を傾けるようにしたんです。そうすると、人工甘味料よりも自然由来の甘みの方が口に残らずおいしいと感じたり、自分にとって心地良い選択があるということに気づきました。そうして、今までの”なんとなく”で選ぶことをやめ、自分の気持ちを大事にしたら自然と地球にも優しいものを選択するようになっていたんです。

料理家として自分のやりたいことを模索してきましたが、昔ながらの家庭料理が伝承されていくことや、無添加で土に還る自然由来の食べ物など、食の本質を考えていくとその全てが循環という言葉に行き着くと思います。

正太郎さん:循環って、自然も含めて人生に関わる全ての存在にとって、心地いい状態を実現することだと思うんです。どうしたら移動と循環を共存させながら、自分も気持ちよく、環境負荷も低い生活ができるのかを日々思考し、さまざまな人たちに出会って知識を吸収して試していく。そうして最適な方法を見つけていきたいと思っています。

加奈美さん:現在は「循環型多拠点生活」の第一歩として、茨城県の祖父母が住んでいた家を住み継ぎ、DIYをして拠点作りをしています。この拠点は別荘のような所有物という感覚ではなく、周りの人や友人たちと共に、地方で学んだ循環の知識を活かす実験の場にしたいと考えているんです。現在は古い家具を再利用してコンポストを作ったり、庭で野菜や果樹を育てることに挑戦しています。拠点の大きさは一軒家にこだわらず、他の地域ではスペースの一角をお借りするなどしながら、少しずつ全国各地に広げて行こうと考えています。

(アンバサダーを務める、鹿児島県指宿市の指宿鰹節を使った即席味噌汁「茶節」。指宿の鰹節のほか、自然米を使った福島県の仁井田本家の酒蔵など、さまざまな食材が生み出される現場へ足を運んでおり、循環を考えた暮らし方の勉強になっている)
(今は服も天然素材のものを気持ちよく感じている。自分にやさしいものが地球にもやさしいという、嬉しい発見)

大切なのは「いいな」の気持ち

ハタケト:数多くの変化を経ている中で、苦労もありましたか?

加奈美さん:わたしにとって変化は楽しみなんです。むしろ、新しいことに挑戦したりインプットすることがモチベーションになっています。移動生活も、両親が転勤族だったこともあり、幼い頃から地域を転々としてきたのであまり抵抗はありませんでした。

昔は、頭で考えずに行動するのはよくないと思っていた時もあるのですが、直感を大事にして行動していたらいつの間にか自分にとって心地の良いものが身近に集まっていました。なので、頭で深く考えるのではなく、まずは体で体感してみることが多いですね。そこで感じる「いいな」という直感を大切にしています。

正太郎さん:ぼくも加奈美さんと同じく直感型の性格なんです。「いいな」と思っていながらも、うまく言葉にできない感覚にこそ新しい可能性があると思ってます。今の移動生活の中でも、説明できないけどなんとなく良さそう、という直感を大切にしていますね。

加奈美さん:あとはお互いルールに囚われず、マイペースに本能の赴くままに過ごすことで、新しい出会いや面白い発見もできると思います。ふたりで生活するようになって、いいものを見つける直感力も二倍になり、楽しさも倍増しました。

ハタケト:最後に、今後おふたりで挑戦したいことを教えてください。

加奈美さん:循環する暮らしの原点を探るために、全国各地の一汁一菜を研究したいです。この1年のフィールドワークで、改めて日本の食の素晴らしさを感じました。お米と味噌汁、そして野菜と発酵食で構成される一汁一菜は、シンプルだからこそ、地域によって異なる良さが詰まっています。全国各地にアドレスホッピングし、その土地の循環する食の現場を探していく。一汁一菜で地方の食の良さを再発見するきっかけや、日本の伝統食や郷土料理をアーカイブすることにも繋がっていけたら嬉しいです。

(各地のお米や味噌、野菜を使った一汁一菜のスタイルを研究中)

加奈美さん:また、わたしたちが移動することで、新しいつながりが生まれることも目標の一つです。全国各地の同じ想いで活動されている方に出逢い、古き良き知恵や最新の技術を活用しながら都会と地方、人と自然が循環する暮らし方が広がってほしいと考えています。循環型の移動生活はわたしたちにとっても日々挑戦であり実験です。今まで紡いできたつながりを活かしながら、移動と食、そして循環のあり方を表現していきたいと思います。

(インタビューはここまで)

移動する料理家として活躍するまでに、数多くの変化を乗り越えてきた加奈美さん。決して緩やかな道ではなかったと思うのですが、それでも前向きに一つ一つを楽しみ、全てを糧にしてきたからこそ今の加奈美さんがあるのだとこのインタビューを通じて強く感じました。

自分らしく生きるということは、簡単そうに思えて難しいこと。自分の好きなことがわからないという人も「なんとなく良さそう」という心の小さな気付きに耳を傾け、その思いを大切にしてみませんか?きっとこれからのヒントが見つかるんじゃないかと、ワクワクする気持ちを教えていただきました。

(撮影:しもだなおと)