岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなぁ、なんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト 、今。

あしたは初雪だって。
やっぱりね、って安心する今日は急に冷え込んで、でもやっぱり予想できていた。
だって、この地域では「恵那山に2回雪がつもるのが見えて、雪虫(ゆきむし)が飛んだら下にも雪が降る」ってみんな言う。

初冠雪も、2回目の雪も、やたらめったら大量の雪虫も、芋農家を急かして
わたしたちは今日もへとへとだ。

(少し前のさつまいも畑。雪が降る前に全部収穫を終えたよ。セーフ!)

冬がはじまる、といえば、Koike lab.にとっては飛騨・美濃伝統野菜「菊ごぼう」の季節。
ヤシノミ洗剤の物語でも触れたけれど、わたしたちに”持続可能な農業とは?”をイチから教えてくれた、特に大切な子どもたち。

わたしたちの暮らす中津川市とお隣の原産地である恵那市で育ったものだけが「菊ごぼう」を名乗れる、とっても狭い地域の伝統野菜ではあるけれど、出荷している農家は残り数軒。
他の野菜に比べれば随分単価も高いし(1キロで2,000〜3,000円程度)、地域のひとはこの子たちを一目見るだけで「わー!」って喜んでくださるし、良いことしかないのにみんな作らない。なんでだろう?と思って作り始めたけれど、出荷できるようになって3年目。気付いてしまった。

秀品と呼ばれるクオリティの子を作るのがとんでもなく難しい…!!!

(これが秀品。曲がり・股分かれ・傷などがなく、長さ太さの規格を満たしている子たち)

秀品を掘り上げる度に感嘆の声が漏れるほど、本当にたまにしか出来ない。
まだまだ未熟な農家なのである、というのはもちろん事実なのだけれど、それでも年々改善してきてはいるのだ。

じゃあ秀品じゃなかった子たちはどうなったのかって?

それもちゃんと、地域の特産品としてちゃんと売れていった。
足がいっぱいの子も、めちゃくちゃ大きい子も小さい子も、もちろん食べられるし美味しい。
ちょっと硬いことが多いけれど、大体の菊ごぼうは醤油や味噌に漬けられて食べられる。
刻んで漬けてしまえば本当にわからなくなるほど、味には差がないのだ。

それを、地域のひとたちは知っているから、買ってくださる。

今年はじめて、恵那市の名店の女将からご連絡をいただいて、菊ごぼうを卸すことになった。
なんとオーダーは初物の「無選別」。
『福神漬に入れるの!刻んで漬けちゃうからどんな子でも大丈夫!』

去年よりも秀品率は改善してるだろう、とは言え、去年の様子を思い出すと、本当に良いのかなあ、、ってなるぐらいには、うちの菊ごぼうは足が多い。

(この菊ごぼうは旅館いち川さんとこの福神漬になるんだって)

足が多かったり、すっごく大きかったり。
ドキドキしながら掘ったうちの子たちの秀品率は、15%ぐらいだったと思うけれど。
いろんな形の菊ごぼうは「おいしそう〜!」と言われながらお嫁に行った。

手間は手間だ。調理するのに切りにくいと思う。
でも、味は一緒で、狭い地域の伝統野菜で、それを使った加工品を全国に出荷していくことが持続可能な地域のささえになることを、老舗旅館の女将は知っていたってこと。

こんなにも学ぶことの多いお取引をしていただけるなんて、なんて幸せ者なんだろう。

いろんな形の野菜から学ぶ、いのちの多様性

農家は秀品だけを作りたい。
野菜の流通を最適化していけば規格というものが生まれ、それに沿った資材にお行儀よく野菜たちを詰めて、1資材あたりの価格でもって取引される。
多くの秀品がスーパーなどで一般消費者の目に留まり、その日の食になっていく。
結果的に秀品のみが”良い野菜”という認識を得ていくことで、”規格外野菜は悪い”という解釈が生まれるのだ。

秀品を作るために栽培技術を磨いていく訳だけれど、虫食いや害のある細菌と言うのは形の良い野菜を目指す者にとって絶対的に悪だ。
それらを発生させないため、あるいは安定的に排除するために薬は使われるのに、その薬を”自然のものでないから”という理由を主として排除したがるひとが一定数いる。

どないせぇっちゅーねん。である。

(我が家の食卓はいつだって規格外野菜たちしかいないけれど、幸福しかない)

わたしが農業を始めたとき、まずは意識的に作物を「我が子」と扱うことにした。
子どもたちがお嫁にいく姿を、それはそれは誇らしく思いながら仕事をしてきた。

我が子だと思えば「絶対に棄てない」という決意を本物にできるし
どんな形の子たちだって可愛い。

これはいのちの多様性を認め受け入れることと同義で、「差別」は認めないのに「規格外野菜」は認めないなんておかしいな、と思うに至った。

あざのある子どもはみすぼらしいですか。
身長が小さくて痩せていたら人間じゃないんですか。
アトピーでボコボコだったら汚いですか。
もうすぐ死ぬとわかっている人間は価値がありませんか。

そんなことは絶対にないでしょう。
それと同様に

我が子が虫にたかられていたら虫除けスプレーを振りませんか。
タチの悪い細菌やウイルスのせいで体調を崩したら薬を飲ませませんか。


目の前のいのちが必要とすれば、それに応じて薬は使う。
でも、人間にとって都合の「良い野菜」になるために使う薬なんて辞めてしまえ。

Koike lab.は「おいしい野菜」なのであればサイズや見た目で選別せずに出荷する農家になることを決めた。

多様性と持続可能な農業

Koike lab.が扱う地域ブランド「恵那山麓野菜」の参画農家は、無農薬農家から慣行農家までいろいろなひとがいる。
それぞれの得意分野と、栽培技術を掛け合わせて素晴らしいラインナップになってきている。
地産地消はもちろん、同じ地域で育った野菜を一緒に食べる価値や、単一作物を作るプロフェッショナルたちが集まったチームへ価値を見出してくださるお客様も増えてきた。

「持続可能な農業」を掲げてやっているものだから、”オーガニックだと思ったら違うんですね”なんてがっかりされることがあるけれど、特に中山間地で山や自然に囲まれた環境の中で安定して食糧を供給し続けることは、オーガニックであることとは全く関係がなく、耕作面積の規模に合わせてそれぞれが最適な農法を選択していくことこそが、持続可能な農業だ。

特筆して恵那山麓野菜は、”耕作放棄地をこれ以上増やさない”ということを重要な目標として置いているので、作り続けて、儲けを出し、農業を続け、少しでも耕作面積を拡大してもらうことが何より大切なのだ。都会の水源であるこの地が荒れ果てた場所になれば、便利になった現代の生活様式を維持することが難しくなる。
一口に慣行農法と言っても、出荷基準を満たす中で独自に工夫を重ねて少しでも薬剤を減らしたり、周囲の自然との共存を図りながら農業をしているひとたちも含まれていて、少なくともわたしはそれを絶対に”悪”とは言えないし、絶対的に”良”なのではないのか。

いろんな農家がいて、いろんな野菜を育てているから、今がある。
いよいよ担い手がなくなり国産の野菜が幻になることが、未来永劫ないように祈るような気持ちで
今日も未熟者が叫び続ける。

野菜を、いのちを、差別することこそ、悪だ。