このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

ベランダ菜園や家庭菜園をしている皆さん、タネ取りをしたことはありますか。今回ご紹介するのは、栃木県で固定種や在来種のタネから野菜やハーブを育てて、自家採種しながら「きびと月の畑」というシードカルチャーメディアを運営するご家族です。でも、シードカルチャーメディアとは一体なんでしょうか。

おうかがいしたのは、ウェブサイトや広告、デザインのお仕事をしながら週末には畑作業をしている太田孟(おおたはじめ)さんと、育てたハーブを使ってお菓子を製作販売する香織(かおり)さん。自分たちに合った「農との関わり方」を見つけて歩んでいるおふたりに、シードカルチャーメディアとはどういうものなのか、また、現在の暮らしに至るまでどのような道のりがあったのかを教えていただきました。

就職活動への違和感。畑との関わり方を探る

ハタケト:きびと月の畑について教えてください。

孟さん:きびと月の畑は、単に食料を生産する場ではなく、固定種や在来種の野菜を育てたり、自家採種の魅力を伝えることで、タネから始まる文化を大切にした価値観を発信する拠点です。これを「シードカルチャーメディア」と定義しました。ウェブサイトにはEC機能をつけて、自分たちで育てた野菜やハーブを使ったお菓子の販売もしています。まだまだ自分たちも農については勉強中なので、自家採種で生計を立てている方や在来野菜を育てている農家さんにも取材に行き、シードカルチャーメディアの中で紹介もしています。

ハタケト:シードカルチャーメディアとして立ち上げるまでには、どのような背景があったのでしょうか。

孟さん:もともと大学は芸術学科で、絵画の勉強をしていました。卒業しても絵は描き続けたいと思いましたが、絵画だけで生計を立てるのは難しいと思い、就職を考えました。ただ、みんな同じような黒いスーツを着て面接に行き、入社をゴールとする就職活動にすごく違和感を感じたんです。違和感なく絵を描きながら両立できることってなんだろう、と考えたときに浮かんだのが農業でした。自分で食べ物を作ることができれば、絵を描きながら自給自足の暮らしができるんじゃないか、という希望もありましたね。

とはいえ農家に就職する友達は周りに誰もいなかったので、何をしたら農家になれるのか何もわかりませんでした。そこで、地元である大阪近辺という条件のもと「農業 求人」で検索してみたら、月10万円もらいながら淡路島で農業研修ができる求人を見つけたので、思い切って就職したんです。慣行栽培の玉ねぎ農家で、ある日は1日中苗の定植、ある日は1日中除草剤や肥料の散布、ある日は1日中選別、といった仕事内容でした。3年間研修したのですが、思い描いていた土とのつながりはなく、なんだか工場で働いているように感じてしまったんです。その経験を通して、農家にならなくても土や畑と繋がる生き方をしたいと思い、小さな畑を借りて有機栽培で家庭菜園を始めました。

(家庭菜園を始めて3〜4年目の頃、孟さんが夏野菜を収穫しているところ。画像提供:太田さんご夫妻)

暮らしを切り分けたことで見た限界

孟さん:その頃、生計を立てるために金属工場で働いていたのですが、ある日金属アレルギーになってしまって、顔中が血だらけになるくらい酷い症状が出ました。工場では有害な化学物質を扱う仕事や夜勤もあり、食事は夜中に帰ってきてカップラーメンなどを一気に食べる生活。タバコも1日2箱は吸っていたので体はボロボロでした。その時、妻に「食から変えてみたら?」と言われたんです。

香織さん:ちょうど三宅洋平さんが選挙演説の中で食の大切さを話しているのを聞いたんです。わたしは高校生の時に自然食品のお店で働いていたことがあるので、オーガニック食品の存在は知っていたのですが、それでも三宅さんの話は知らなかったことがたくさんでてきて、普段食べているものに目を向けなければ、と思うようになりました。そんなときに夫が身体を壊したので、食を変えるしかないと思ったんです。

(※三宅洋平:ミュージシャン。2013年、日本の政治風土を多様に開くため参議院選挙に立候補し、17日間に全国26カ所で行った「選挙フェス」では毎回多くの観衆を集めるなど健闘。参議院の比例区制により落選となったが、当選した候補者よりも多い17万6970票を獲得した)

孟さん:ただそのときはまだ、食で変わるなんて信じきれずにいました。でも妻が調味料や身の回りの食事の質を変えてくれた結果、どんなにステロイド系の薬を塗っても治らなかった症状が、1年の間にすっかり治ったんです。自分でも驚きました。自分ひとりだったら、食から変えることはできなかったと思うので、妻には感謝しています。

(​​香織さんこだわりの調味料。左上から伝統の四段仕込み醸造みりん、国産のなたねを使用したサラダ油、平飼い卵や国産のりんご酢を使用したマヨネーズ、天日湖塩、岩塩、海塩、海水の塩。画像提供:太田さんご夫妻)
(左から国産の有機原料を木桶で醸造した九島の有機醤油、有機のだしつゆ。画像提供:太田さんご夫妻)
(地元の自然栽培の小麦と古代穀物。画像提供:太田さんご夫妻)

孟さん:それまでは、自分の思っていることは絵を通して発信するんだ!と思っていましたが、そんなことよりもまずは自分の身体を大切にしよう、と思うようになりました。アレルギー症状がなくなったことをきっかけに、普段食べているものをさらに意識するようになり、野菜の中でも固定種の野菜を育てている岡山県のwaccafarmさんの野菜を取り寄せてみたんです。びっくりするぐらいおいしくて、このことがきっかけで自分たちも固定種の野菜を育て始めました。

タネがもたらす豊かさに気がついて

孟さん:金属工場の仕事も辞めて、畑仕事をしながらウェブ制作の仕事を始めました。畑仕事をしているとアレルギーのことや嫌なことも忘れることができて、無心になれますね。日常を忘れることができて、瞑想に近い感覚になれるんです。

(自家採取している固定種は、2021年現在、年間で20種類ほど。自家採取しやすいトマトやオクラ、イモ類などは種類が多く、交雑しやすいキュウリやダイコンなどは品種を限定しながら栽培。画像提供:太田さんご夫妻)

孟さん:ただ、家庭菜園1年目はうまく育ちませんでした。赤土のとても固い土で今思えば育つはずがないんですが、それでも小指サイズの大根や虫食いだらけの菜っぱはできて、そこにちゃんとタネができたんです。そのタネを採り、2年目に蒔きました。そうしたら驚くほどの変化があって、力強い野菜ができたんです。さらに3年目には食べきれないほどたくさん育ちました。もちろん1年目に比べると雑草や生ゴミで堆肥を作って散布したり、苗がある程度大きくなってから植えるなどの工夫はしましたが、それ以上にタネの生命力が増した感覚がありました。

(夏小豆のタネ。自然栽培で育てた小豆を使ってお菓子を作り、地域のマルシェで販売している。画像提供:太田さんご夫妻)

孟さん:痩せた畑だったところが、ビオトープのように年々いろんな植物や生き物が集まって来る場所になりました。枯れていた土地が、タネを植え自家採種してまた植えることで、土地が豊かになる。その結果、生き物が集まる多様性のある場所になったことに大きな喜びを感じ、自家採種の面白さに魅了されました。この面白さや魅力を多くの方にもっと知って欲しいと思い、自分たちが発信していこうと思ったんです。さらに、タネから育てた喜びや、味覚だけでなく五感で感じて食べることの豊かさに気づくことができて、自分たちで育てたものが世界で一番おいしい!と思うような多幸感を味わいました。

(一昨年から自家採種している野菜。左から、紅芯大根、千筋京水菜、紅法師水菜。画像提供:太田さんご夫妻)
(枯れた土地が、タネを繋いでいくことでいろんな生き物が集まり多様性のある場所に。画像提供:太田さんご夫妻)

農業でもない、家庭菜園でもない、百姓による「自給農」

ハタケト:きびと月の畑でされている畑は、家庭菜園と呼ぶのも違うように感じたのですが、太田さんの中でどのような位置付けなのでしょうか。

孟さん:そうですね、自分たちは「自給農」だと思っています。現在の畑は3反あるので、家庭菜園の規模ではないと思うんですよね。ただ最近まで自分自身も、農業と自給農の境目がわからないでいました。今は主軸の違いで整理をしています。農業は自分以外の人に食べていただきお金を稼ぐことが軸、自給農はまずは自分たちが食べる分を作ることが軸。その上で食べきれなかったものを他の人に分けたり、災害のときの保険や社会が崩れた時のインパクトに備えるもの、と考えたんです。だから、自分たちを農家とは思ってないですね。他の仕事もするし、食べ物もつくる。そのあり方を追求している中で今、自分を一番言いあてる言葉は「百姓」だと感じています。

ハタケト:百姓になったことでご家族との暮らしはどのように変化しましたか。

孟さん:3反の畑を週末にひとりで管理するのは大変なので、家族の連携が必ず必要なんですね。工場に勤務していた頃はわたしがお金を稼いで、妻にご飯を作ってもらうという役割分担でしたが、今は2人で畑をし、2人で稼ぎ、2人で暮らしを支えている感覚に変わりました。また畑には、子どもも関われる余地があるのがいいですね。

香織さん:わたしは幼少期から父母の田んぼの手伝いをしていたので、作物を育てるということは身近でした。ただ5月の連休といえば田植えが優先でどこにも遊びに行けなかったこともあり、以前は「農業なんて」と思っていました。でも今自分たちで畑をやっていると、何かを生み出せることに楽しさと喜びを感じています。娘も興味をもってくれているので、一緒に楽しみながらできるのが嬉しいですね。

(屋号でもある娘さんのきびちゃん。野菜の中では四葉きゅうりの浅漬けが好きだそう。画像提供:太田さんご夫妻)

ハタケト:ハーブ菓子も製作されていますが、ハーブも育てられているのですか。

香織さん:はい、タネから育ててみているのですがなかなか難しくて、今は苗を買って育てています。ハーブを育てるようになってからは、ハーブ自体が身近な存在になり、日常的に取り入れるようになりました。ハーブティーの鎮静作用は、都会でがんばっている人こそ飲んでもらえるといいと思います。

孟さん:わたしが風邪をひいたときには、ハッカなどをブレンドした強めのハーブティーを淹れてくれるんですが、身体を巡って効いている感覚がしますし、喉の痛みがすごく落ち着くんです。メディカルハーブは中世以前の頃からあったものなので、やっぱり昔から受け継がれているものは信頼できますね。

目指すは、足るを知る暮らし

ハタケト:きびと月の畑での今後描いている夢や野望を教えてください。

孟さん:昔は農家だけでなく、各家庭でもタネを受け継ぐ文化がありましたが、繋ぐ人は年々減り、自分たちが最後に残された世代かもしれない。地域の在来種の物語や繋ぐ人の想いを知ると、文化を受け継ぎタネを未来へ繋いでいかなくてはいけないという気持ちになります。100年続くタネは本当に強いですよ。タネを植えて、自家採種してまた植えていくと、どんどんその土地にあった生命力溢れるタネになっていくんです。それから、自分たちの固定種を作ることも目指しています。雨続きでも育つタネや日照りに強いタネなど、気象に左右されないタネをつくっていきたいですね。

(太田さんご家族が住む町で100年以上種取りされてきた名もなき在来種のごま。地域の方に分けていただき、タネを繋ぎながら栽培している。画像提供:太田さんご夫妻)
(ゴマと同様に地域の方からいただいたのは、太平洋戦争前から栽培されていたというサツマイモで、品種名は花魁(オイラン)。あっさりとした甘みが特徴で、こちらも来年以降、繋いでいくことを考えている。画像提供:太田さんご夫妻)

孟さん:暮らしでは、明るくなったら起きて暗くなったら寝る、という太陽に合わせた暮らしが理想です。それから生活に必要なエネルギーの量を知り、その範囲内で暮らしたいと思っています。昔の人は1年間に使う薪や水の量などをなんとなく把握できていたから、足りていれば不安になることなく生きていくことができたと思うんですね。​​​​​​足るを知る。これだけあれば大丈夫と感覚でわかっていれば、物欲から解放されワークライフバランスが取れていく。これからの時代にとって、とても大事だと思っています。

(インタビューはここまで)

農に関わる暮らしや働き方は、専業農家一択ではない。自給農という関わり方は暮らしを豊かにし、さらには暮らし、家族、仕事のバランスを保つことができる素敵な関わり方だと思いました。

今回お話を伺えたことで、タネの魅力と秘めた力を知り、家庭菜園の楽しみ方が広がりました。きびと月の畑の情報に触れた人がタネに興味を持ち、タネを植えて繋いでいくことで日本の土地がどんどん豊かになっていく未来を想像すると、なんだか嬉しくなります!

自家採種したタネは時々無料配布しているそうなので、ぜひSNSを覗いてみてくださいね。太田さんご夫妻の今後の活動に注目です!