岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなぁ、なんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト 、今。

昼間の日差しも、ゲリラ豪雨も、夏と変わらないようなふりをして
しっかりと朝晩冷え込む中山間地の秋。
蝉の声が聞こえなくなるその日から、鈴虫が鳴き始めるのだからよくできている。

「おいしい秋にころされる」ってわたしたち毎年言っている。
あつくてよろよろと畑の草を取るだけの夏が終わって、さて一息つくかと思ったらいきなり全速力で走らなきゃいけないのが、芋農家の秋。

(さつまいもは4品種を順番に掘っていく)

我が家では主に
・さつまいも(9-11月収穫)
・里芋(10-12月収穫)
・落花生(9-10月収穫)
を育てて出荷していて、この子たちに農業の売上を依存する形なのは祖父の代から変わっていない。
なんでこんなに秋の子ばっかりにしたんだろう、と毎年思いながら
やっぱり掘り出してみればみんなみんな可愛くて、はねだし(規格外や傷物)を夕飯に食べては「おいしい」に癒されてもいる。

(いろんなかたちの天ぷら)

今年は本当に夏野菜の少ない年だった。
家庭菜園で嫌というほど採れるきゅうりもほとんどお腹に入らなくて、恵那山麓野菜には「きゅうりないの?」と問い合わせが入る。そんなこと、きっとこの田舎町で初めてのことなんだ。

近所のコンビニや道の駅、仲卸の方も苦労しているようで、棚に空きが多いまま、夏が終わってしまった。
わたしたちのまちは夏秋トマトの一大産地で、中部圏の都市部では「高冷地トマト」と呼ばれて、愛されている。
味がよく、品質も高いため、9月になり露地もののトマトが終わる頃、引き合いが多くなる。
ところが大雨の後の長い日照不足で色付かず、さらに高原で湿度の高い状態が続くということは、すなわち野菜の病気も蔓延する。
「トマトが出せない」
なんて、これもきっと、滅多にないことなんだ。

この地で死ぬと決めたから

大阪で生まれ、東京で会社員をしているところから農家の長男に嫁いで10年、この地に移住して7年半。
5年前にムスメを産んだことをきっかけに、彼女の故郷・私の骨が埋まる場所、としてこの地を愛し始めた。
はじめは方言が聞き取れないほどの異国だったはずなのに、こどもがうまれたからってそんなに愛せるものかな、と客観的に自分を見るときにふと思うことがある。

(photo 大塚健司)

これだけ美しい場所が、愛知県をはじめとする大都会の上流にあって、そこから湧き出る水を使って人々が生活しているのだと思ったら、誇らしくもあるし守らなければならないとも思う。
人間としてごく当たり前の感情の中にある、自分との接点を探していくところに「まちづくり」たる喜びがあることを理解している。

同じ場所・同じ気持ち、の罠

まだまだこの恵那山麓地域にしっかり関わり始めて3年ほど。
ひとつたりとも偉そうに言える立場ではないけれど、それでもこのコロナ禍に田舎への移住を考えているひとが多いことを知り、少しお話したいと思っている。

もりのいえさんのところで仕込みを見せていただく)
(阿部農園さん。大好きな生産者さんの野菜を売るのは自分のことをするのと何も変わらない)

端的に、田舎暮らしは最高だ。
豊かな自然、食の恵み、衣食住のコストの低さ、それから時間の使い方の自由度。
ただ本当に田舎であればあるほど、高齢化と少子化をもって過疎化が進み、荒れた土地が増え、ひとが住みにくくなっている。

ひとつの自治区画、例えば「市」という単位にしても、人口が最も多い市は横浜市で377.8万人、一番少ないのは北海道の歌志内市で0.3万人。
わたしが「恵那山麓地域」と定義しているのは中津川市と恵那市。中津川市が7.6万人で恵那市は4.7万人。
(2021年4月1日時点)

もちろん市のサイズや地理的条件によってやらなければならないことも、役割にも、幅はある。
けれど一人の人間が全うしなければ成り立たない役割が、横浜市で377万分の1でいいことが、歌志内市だと0.3万分の1やらなければならない。
人口が少なければ少ないほど、たった一人の市民が担う責任が大きくなるのだ。

地域には
・ネイティブ(生まれてからずっとこの地に住んでいるひと)
・Uターン(この地で生まれ、一度はここから出たけれど戻ってきたひと)
・移住者
が存在し、それぞれに
A:好きでそうしているひと
B:不可抗力でそうしているひと
に分けられる。

A群は大抵何かしらの愛をもってこの地に暮らし、B群は基本的に愛を持ち合わせない。
恵那山麓地域でいえば、A群の方が少数派で、B群が多数派だとされている。
移住者はもちろんA群が多数派なのだけれど、移住者の中には「嫁」としてB群に属するひとも少なくない。
わたしは嫁になる前からこの地に縁があったこともあって圧倒的A群でいられた。偶然であり、必然ではある。

Uターンのひとは不可抗力で戻ってきていたとしても、他と比べることができるので一定の愛を持ち合わせていたりするし
ネイティブはこの地の良さに気づいていないことも多いけれど、一方でそれはそれはもう物凄い愛をもっていて、語るのも恐れ多いほどのひともいる。

当たり前の話ではあるのだけれど、本当に多種多様な人間が、同じ場所に暮らしている。
ところが人数が少ないコミュニティで一定の信念を持って暮らしてしまうと、「みんな同じ気持ちなんじゃないか」って感じてしまうことがある。
これが移住者である余所者が空回りしてしまう原因のひとつだと、わたしは思っている。

(いろんな作物をつくる農家たち。みんな違って、みんな良い。)

すべてのいのちに尊敬と愛を

人口の1%、100人に1人と知り合いになるとする。
横浜だと3万人を知ることになる。そんなの、到底SNSすら追いきれないし、一生かかっても会って話をするのが難しい。
ところが恵那山麓地域まとめて12万人。1,200人と知り合えば、100人に1人を知っていると言えるのだ。

人口の1%を知っている、というのはすごいことだし、人口の1%が感じていることを理解するということはもっと凄いことだ。
大体1,200人くらいに会ったことがあるわたしは、彼らが感じていることをほんの一部理解をして、そしてすべてのひとを尊敬している。

この小さな地域の小さなコミュニティで、会ったことがあるひとはみんなもれなく幸せになればいいし
みんなもれなく豊かな夢を叶えてほしい。

もちろんいわゆる気の合わないひとも、わたしのやりたいことに邪魔を入れてくるひともいる。
でも、彼らには彼らの信念があり、そこに至るまでに知ったり経験したりしたことの重みがそれぞれにあるのだ。
わたしにその全てを理解することはできないだろう。これはたくさん話すことができたとしても難しいのに、田舎のひとの一人の役割が大きいからこそみんなが忙しいのでそれは叶わない。

この地域を盛り上げたい、というひともいる。
静かにこの地域を終わらせたい、というひともいる。

決して全員が交わることはない。
だからこそ、そのどちらかにつくのではなく、全員を、まるごと愛するのだ。
そして自分の立場とスキルと経験を客観視して、担うべき役割を全うする。

それこそが「田舎では『好き』で『得意なこと』を仕事にすることができる」と言える事実であり、
その前提に共存共栄がある。

パイを奪い合うほどひとがいないからこそできる、人間らしさだ。