このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

今回お話を伺うのは、『人生を耕すクレイジーファーマー』と名乗り、山口県の北部の人口3400人程度の小さな町、阿武町で農業を営む梅田将成(うめだ・まさなり)さん(通称:うめちゃん)です。うめちゃんは大学4年生の時に大学を辞め、心機一転、地元で農業をする道を選びます。20代のうめちゃんを教える師匠はなんと70代!50歳にもなる年の差を超えて、幻のすいか「福賀すいか」の栽培技術と味わいの継承をしている真っ最中です。同時に、うめちゃんはブログや新事業開発などもしながら、地元に閉じないムーブメントを起こすべく挑戦中だといいます。うめちゃんの取り組みに迫ります。

(福賀すいかとほうれんそうを育てている村のハウスゾーン。)

人生の変えてくれた一冊の本と一人の師匠

(ハウス作業中のうめちゃん。)

ハタケト:うめちゃんは大学を辞めて、地元で農業を始められたんですよね。どういった経緯でその選択にいたったのでしょうか。

うめちゃん:正直、何か高尚な志があって農業を始めたわけではありません。

ぼくは大学では合唱サークルの活動に熱中し、3年のときには運営の中心メンバーになりました。自分が「やらなきゃ」という強い責任感のもと、活動に打ち込んだんです。しかし、それに対する周りのメンバーの反応はあまり良くなくて。自分のやることは望まれていないかもしれないと感じる中で、次第に授業に行くのも辛くなってきました。単位をとって、卒業して、就職する。そんなみんなの「当たり前」すらぼくはできない。不安や焦りが重なり、うつっぽくなっていきました。

そんなとき、たまたま大学で「里山資本主義」を執筆した藻谷さんの講演が開催されたんです。講演には出席しなかったのですが「そういえばこの本、気になっていたな」と思い出し、読んでみることにしました。

そこに書かれていた「人は誰かに『あなたはかけがえのない人だ、何を持っていなくても、何に勝っていなくても、何かと交換することはできない、比べることもできない、あなただけの価値を持っている人なのだ』と誰かに認めてもらいたいだけなのだ。」という言葉にハッとさせられました。人と比べてできないことばかり注目するのは辞めて、これからは自分だけの生き方を選ぼうと決めました。「自分だけの生き方」と思うと、卒業・就職しないとできないわけではないなと判断し、大学は辞めて地元に帰ることにしたんです。

仕事のあてがあって戻ったわけではありません。「まあ農業でもするか」くらいに思ってのんびり過ごしていたとき、隣の家のおじさんに「手伝ってくれ」と声をかけられたんです。それが地元にある「福賀すいか部会」というすいか栽培のプロ集団を束ねるリーダーであり、現在の自分の師匠です。

自分自身の存在を証明してくれた「福賀すいか」

(福賀すいかはすいかの中でもビックサイズ!)
(山口県の地元では福賀すいかの出荷式が毎年ニュースになるくらい、人気のブランドです。)

ハタケト:師匠の元でのすいか作りはいかがでしたか。

うめちゃん:農産物を「つくること」自体とても面白かったのですが、特に「福賀すいか」を作り出す師匠や部会メンバーのポリシーには胸を打たれました。「福賀すいか」は全国シェア0.035%しかない「幻」と言われるすいかです。近くに県内シェアNo.1のすいかの大産地があるので、そこと同じ土俵で勝負しても駆逐されてしまいます。だからこそ、福賀では強い危機感を持ち、味わいに磨きをかけてきました。最初ぼくはアルバイトで入ったのですが、アルバイトに要求するクオリティもとても高かったです。例えば、すいかには脇芽を摘む作業があるのですが、その徹底ぶりは異常と思えるほど。若い芽1つに栄養を集中させるため残り全ては摘み取ります。師匠は「今、なんでこの作業をしないといけないのか」をひとつひとつ丁寧に教えてくれました。お客さんの口元に届く瞬間まで考えて、それまでの価値を人任せにしない。その結果、お客さんに選ばれる。自分たちの努力がちゃんと高い価値につながっていくのは達成感が大きかったです。

ハタケト:うめちゃんが大事にしていくと決めた「自分だけの生き方」に福賀すいかの生産は繋がっていますか。

うめちゃん:単に農業ではなく、価格決定権を手放していない福賀すいかの生産に関われたのが良かったです。就活でいうと「この職種を何人」という形で募集がされていて、その役割さえ満たされれば、あなたじゃなくてもいいというか「ただ同じ形をした部品を求めているだけ」という求人者の態度に疑問を拭えずにいました。そういう数だけがものをいう世界に何度も嫌気がさしていたので、自分たちの努力で価値を磨き上げ、自信をもって価格をつけた上で、ちゃんとお客さんに「うん」と言ってもらう。その福賀すいかのやり方は、自分自身の存在証明にもなると感じました。

人生の選択肢を手元から放さない豊かさ

(うめちゃんのハウスから車で5分ほど走らせると、牛が放牧された見晴らしのいい丘に!)
(インタビューはこの気持ちの良い環境でアウトドア用の椅子を広げて野外で行いました。)

ハタケト:うめちゃんは農業だけではなくて、ブログもやっていますよね。なんでブログをしているのでしょうか。

うめちゃん:福賀すいかの生産に携わることで今までなかった自己肯定感をえて、ぼくのやっている仕事や暮らしぶりがいいよと発信したかったんです。最初は「おれはまだ負けていないぞ!」という負け犬の遠吠えのような気持ちもあったと思います(笑)。そんなとき、夏のアルバイトに参加してくれた男の子が「ブログがいいよ」と紹介してくれたんです。田舎の暮らしはなんでもネタになるし、うまくやれば月何万円か稼ぐこともできると。それで始めました。

ハタケト:負け犬の遠吠え(笑)。確かにみんなが大学を卒業、就職する「王道」をいっている中で、そういう感情になるのは分かる気がします。今もそういう感情があったりしますか。

うめちゃん:今は「負けている」とは思わないですが、ぼくもまだ「これが自分らしさだ」と言い切れるものが分からないので、まだまだ足りていないなとは思います。とはいえ、自分の人生の選択肢が手元にあるので、違ったらやり直せばいいと思って今やりたいことをやっています。

twitterなどで都会でサラリーマンをしている方に触れると、人生の選択肢を会社に握られている人が多いなと感じます。部署が選べなかったり、転勤を拒否できなかったり、仕事がつらくても辞める選択を精神的に選べなかったり。まるで「当面の生活」を会社に人質に取られているように見えます。

ハタケト:う、ぐさっとくる!都会でサラリーマンをしていた経験があるので分かります。

うめちゃん:仕事と暮らしが切り離されているとそうなってしまうのかなと思います。今、ぼくの暮らしは仕事とボーダーレスです。暮らしの一部に仕事がある。暮らしありきで仕事を考えていくと、どんどん自分らしい選択ができると思っています。逆に仕事と暮らしをつなぐものがお金だけになっていると仕事がポシャると簡単に暮らしもポシャってしまう。幸せに生きるにはリスクの高い状態だと思います。

人口を奪い合うのではなく分け合う。旅人に寛容な地域のあり方を目指して。

(現在ほうれん草を育て始めたハウス。水やりをすると、とっても綺麗な虹がかかったよ。)

ハタケト:先ほど、今やりたいことをやっていると言っていましたが、今はどんなやりたいことにチャレンジしているのですか。

うめちゃん:今は援農を事業化するチャレンジをしています。福賀すいかは夏が忙しいので何名かアルバイトに来てもらうのですが、この受け入れとここでの体験をもっと魅力的に仕組み化できないかなと思っています。

今まで来てくれたボランティアの方の中には、自転車で日本一周をしている最中の旅人や神戸からバリスタになる夢を決め、会社をやめて旅をしている女性などがいました。彼らはただ仕事をしに来ている感じではなくて、ここでの暮らしや体験にとても興味を持っているようなんです。

ぼく自身にその欲はありませんんが、彼らのように旅をしながら場所を転々と生きたい人は全国にもっといるのではないかと思います。

ぼくにとっても色んな世界を教えてもらえるので、彼らと交流できることは楽しみでもあります。現在京都で希少なお茶を栽培する方と意気投合し、こうした旅するように生きる人たちを受け入れやすい援農のあり方を一緒に築いていこうとしています。

ハタケト:生きたい場所で働きたい人を受け入れる援農!とても興味深いです。

うめちゃん:今地方だと、どこも人口が減っていますよね。自治体は移住・定住の促進に躍起になっています。ただ、少ない人口を全国で奪い合うのってどうなのかなって思うんです。奪い合うのではなく分け合うことを叶えるような、移住・定住ありきではない地域との関わり方があってもいいと思うんです。

「生きたい時間を生きたい場所で生きられる社会」というのはぼく自身のテーマでもあります。

援農も単に人手として数で人を捉えるのではなく、個人を個人として受け入れるような仕組みをデザインしたいです。

(インタビューここまで)

大学時代の挫折から今では高い自己肯定感をもち、自分1人の幸せを超えて、新しい暮らしのあり方を提案する事業にまで取り組み始めたうめちゃん。

うめちゃんのこれからの動きに注目です!