このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人や、その暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

SDGsという言葉を日常的に聞くようになってきた昨今。「なるべく地球にも社会のためにも良いことをしたい。自分でもできる何かをしたい」と考えている方も多いのではないでしょうか。今回は「社会のために役に立ちたい」という思いを人一倍強くもつ、「社会起業家」であり宮崎県新富町で「みらい畑」を営む石川美里(いしかわみさと)さんにお話を伺いしました。

社会起業に出会えるまで

ハタケト:現在のご活動内容について教えていただけますか?

美里さん:みらい畑という農園で「腸活ミニ野菜」というブランドを運営しています。腸活を目的とした、ぬか漬け専用のミニ野菜なんです。まるごと食べられるから栄養も捨てずに活かせて、簡単にぬか漬けにできるので、ぬか漬けを気軽に日常的な習慣にしてもらうことができます。これまでありそうで無かった、ぬか漬け用ミニ野菜を定期便として、毎月約1000名の方に産地直送でお届けしています。同じ宮崎県新富町のたくあん漬専門店さんの熟成ぬか床とセット販売もしており、初心者の方でも簡単に始められるとご好評いただいております。

(レギュラーサイズ1〜2人用は、目安2kg・ミニ野菜約30個分が届く)

ハタケト :かわいい!これは便利そうですね。美里さんはどうして社会起業しようと思ったのですか?

美里さん:社会起業家になりたかったわけではないんですが、「社会の役に立ちたい」という気持ちはもともと強かったんです。

家族の都合で幼少期をインドで過ごし、自分と同じ年頃の子どもが、腕や足のない姿で物乞いをしているのを見たこと、それと、帰国して大学生のときに東日本大震災を経験したこと。住んでいる場所や境遇が違うだけで違う人生を歩むことになってしまった人たちを見て、わたしは「生き残ってしまった」という一種の罪悪感を覚えたんです。だからなのか、小学生の時からずっと、自分の人生の中で誰かの役に立ちたい、と思い続けていました。

でも本当はどこからこの気持ちが来ているのか、よく分からないでもいます。「おいしいものが食べたい」「尊敬されたい」などと同じくらい根元的な欲望の一つとして自分の中にずっとあるんです。

社会のために役に立つ手段として、ソーシャルビジネスという事業の形と出会い、大学卒業後にはソーシャルビジネスを通して社会課題の解決に取り組む社会起業家集団、「ボーダレスジャパン」に所属することにしました。

(年2回のボーダレス全事業社長が集まる世界会議にて)

ハタケト:そこから農業にはどのように辿り着いたのですか?

美里さん:当初は、社会課題を伝えるメディアとして起業したかったんです。ボーダレスでは起業前に事業計画を見て手助けしてくれるのですが、メディア事業は全然ダメで(笑)でも、いい未来を作っていきたい、という点は自分の中でぶれませんでした。起業したい、という気持ちでスタートしたわけではなく、社会に役立つ手段を探していたので何度も何度も悩みました。何が良いんだ?何が是なんだ?と。

その後、バイオマス発電やソーラーシェアリングなどのエネルギー事業の構想を経て、農業にたどり着きました。農業にもさまざまな課題があると知り、そうした課題さえ解決できれば、食べ物は誰もが必要なものなので世の中への貢献度も大きいと思ったんです。

ボーダレスに所属して3年目の2017年末、耕作放棄地と後継者不足の問題を解決すべく「みらい畑」を立ち上げました。

繰り返す挫折。農業に向き合った最初の3年半

(ミニ品種や大きくなる前に収穫している、自社畑で採れたミニ野菜。)

ハタケト:はじめての農業経験からどのように腸活ミニ野菜は生まれたのですか?

美里さん:起業前は農家さんのもとを何度も訪れましたが、今思うと事業を始めるための調査というほどではなかったです。農業に先入観をもたなかったのは良かったのですが、失敗もかなりありましたね。

誰も農業経験者がいない状態で始めたので、最初の1年はまず野菜が作れず、売るものがない状態で終わりました。2年目は、野菜は徐々に栽培できるようになったけれど、有機栽培(無農薬・無化学肥料)だとどうしても収量が安定しませんでした。ブランディングに力を入れて売れるようにはなったのですが、やっぱり市場に出すと価格が変動し利益が残らなかったです。

3年目は、多少は良くなってきたもののまだ安定はしませんでした。当時は飲食店やホテルへも営業していたのですが、農家が直接販売に来ることがあまりなかったので買ってくれていたというか、「商品として選ばれていない感覚」が否めませんでした。商品として欲しいから買いたい、と思ってもらうためにたくさん考えました

(有機野菜を出店したマルシェ)

美里さん:そもそも多くの方は野菜を価格で選んでいることにも気づきました。では選ばれる野菜とは?ギフトにすればいいのか?どんなものを?など色々考えに考えた結果、腸活ミニ野菜という販売コンセプトが出来たんです。

ハタケト :起業当時目標にされていた耕作放棄地や担い手不足の状況はいかがですか?

美里さん:農業の社会課題として一番大きく取り上げられていたことでもあるため、当初はそうした課題解決をビジョンに置いてはいたのですが、実際にやってみると別の課題が見えてきました。今は環境課題に対して、農業が与えられる影響が大きいと思っています。

わたしはインドや震災の経験を経て「生き残ってしまった」という気持ちが原動力にもなっていたんですが、事業が黒字化してさらに拡大しようという時に、もっとポジティブな考え方の方が広がりやすいだろうと感じました。「より自分自身が楽しみつつ、成長したい。でなければ事業も広がらない」、と視界が広がり、本当にやりたいことや、自分に出来ることが見えてきました。腸活ミニ野菜の販売が軌道にのり、最初に黒字に転じた頃から環境課題にシフトして取り組んでいます。

社会起業家が畑に携わって起きた変化

ハタケト:今後はどのようなことにチャレンジされるのでしょうか。

美里さん:今は起業時にも視野に入れていたソーラーシェアリング×農業の形を模索しています。

実は、耕作放棄地の課題を解決するためであれば必ずしも自分で農業をする必要はないのですが、なぜかどうしても生産にこだわってきました。3年間赤字だったにも関わらず、そこは譲れないものがあって、しかし明確な理由は言葉にできずにいたんです。

それと同時に、環境問題の解決も農業だけでなく、いろんなアプローチの方法があります。しかし世界の温室効果ガスの20%は農業や畜産(※)と言われていることを考えると、一定量のマイナスの影響は出している。そうしたことから、より良い未来をつくるには生産にこだわる意味があると確信して、自分が社会のために農業にこだわる理由をはこれだったのか、と腑に落ちました。

まだまだ農業を通じて環境問題解決にチャレンジしていきたいです。

※参照:GNV 農業由来の「温室効果ガスの排出」より

ハタケト :農業の環境負荷は、実際に農業をする中で感じたことですか?

美里さん:事業のビジョンを考える上で統計上でも確認しましたが、現場で働いてみたことで違和感を感じていました。

石油をたくさん使ってハウスを加温すること、高く売るために旬とは違う野菜を育てること、そのための石油代が高いという矛盾。農薬なども、農家さんたちも使いたくて使ってるわけでないけれど収量のためには使わざるをえないことなどです。

有機栽培をしている農家さんも色々回りましたが、大規模化は難しいと痛感しました。一部のものすごく技術がある人や、ものすごく販売がうまくいった人たちしか有機農業はうまくいかないのでは、と。今のままでは環境に良い農業は広がらない「なるべく環境に良い作り方ができて売れる」という仕組みを作って広めていくことが必要だと感じました。

ハタケト :そういった考えに至るまでに、土や畑に触れたことも影響しましたか?

美里さん:そうですね。台風がきて野菜が全部ダメになるなど天候の影響を受けることも多く、アクシデントが無かったとしても野菜の成長自体はコントロール不可能です。人智を超えた「自然」により食べ物ができて、生き物や人間が生きてるんだなと感じました。

最初はコントロールが出来ないものを数値化して事業計画を引くなんて無理だと思いましたが、徐々に「コントロールできないことも含めて計画として落とし込んでいく」ということを学びました。あとは「許容力」というか、そうはいってもダメになってしまったときはいい意味での諦めと切り替えをする。それらは経営していく上でためになったと思います。

だから、コントロールできない自然と向き合って経営をする農家さんってすごい。人として懐が大きい人が多いと思います。

「今」生きているわたしは何をする?

(美里さんは4月にご出産も)

ハタケト :事業を経て「社会のために役に立ちたい」という自分の気持ちに変化はありましたか?

美里さん:社会の役に立てている、とは今も全く思っていないんです。社会のために立ちたいと思って、それを実行しているだけ。結局自己実現のためにやっていることになるんですかね。でも、何をしていても誰かの何かの役に立っているのが「人」だと思っています。

ハタケト :最後に、やりたいことに踏み出せない人にアドバイスはありますか?

美里さん:わたし自身は「今日しか生きていないかもと思った時に、わたしは何をするのか?」と自分にいつも問いかけて行動しています。日本でも地震なども頻繁にありますし、いつ死ぬかわからない。明日生きている保証もないですよね。インドや東日本大震災でも、まさに今この瞬間にも、本当は生きたかった人がいます。

また、今年の4月に出産をしたんです。同じ4月には家族の不幸もあり、生と死が交差した1ヶ月でした。誰しもが命がけで産んでもらっているし、誰しもが同じ様に一生を終えることを痛感しました。

30年生きてきて、まだわたしは何もできてない。一度きりの人生なので、後悔しないようにしたい。せっかく産んでもらった命。まだまだやりたいことにどんどん挑戦していきたいです!

(インタビューはここまで)

社会の役に立ちたいという感情に特別な理由なんていらない。手段が決まっていなくても、目的が決まっていたらやりたいことのために走り出して良い。

キラキラした笑顔からは想像もできないほど大変で忙しく、けれど自分が目指す社会をつくるべく毎日奮闘している美里さん。お話をお伺いした数時間でたくさんのエネルギーをいただきました。