“まんぼう”。

メディアで騒がれるニュースに思わず「ふう。」とため息が溢れる。

テレビもネットニュースも、Twitterのようにコロナ関連の話題を一切ブロックする機能があればどれだけ精神が安定するだろう。

毎日の感染者数という数字に振り回され、数字ばかりを気にして目の前にある大事なことを見逃してしまいそうだ。

気が狂うという言葉とは無縁な生活を送っているはずだったが、もう一歩先に踏み出したらそれと対面しそうである。

最短距離で駆け抜けたつもりの落とし穴

起業してからというもの、とにかく必死で全速力で走っていた。

自らの野望に熱中して、無意識に誰かを傷つけることもあった。

わたしはいつも何処かで自分の理想とする場所までの最短ルートを計算し、取捨選択をしてきたように思える。

今思い返すと、温かい言葉を綴りながらとてつもなくドライな感情を抱いていたのかもしれない。

人を採用するときも、人を切るときも、相手を傷つけないようにと乏しいボキャブラリーの中から当たり障りのない言語を選りすぐっていた。

その言葉の裏にシビアな自分の一面が見え隠れしていたことに気づかないフリもしてきた。

近道を全速力で登りつめていたはずが、昨年からはそうもいかない。GWを目の前にして緊急事態宣言が発令。

飲食店が酒類提供の中止による仕入れ見合わせ、銀座でのイベントの延期、新宿マルイでの出店の見送りなど、大きな落とし穴にハマってしまった。

これは近道をしようとしていたわたしへの罰か、報いか。

立ち止まって見えた広大な土地

大きくて容易には抜け出せない穴の中で「これはどうしたものか」と頭を悩ませた。

自分の力ではどうにもこうにも抜け出せない。

困っているとき、手を差し伸べてくれた人がいた。

背中を押すのではなく、まるで正面から今のわたしをすべて受け入れてくれるような気持ちにさせてくれた。

張り詰めていた糸がぷつんと切れる音がして心が泣いた。

心を落ち着かせるために足を運んだのは、自宅から40分ほどのところにある南房総の温泉リゾート施設「ゆうみ」。

海沿いに佇むリゾートのような建物にはその土地で穫れた野菜や海鮮、お米をいただいた。

大地のエネルギーが身体を巡り、視線が上に、視界が広がる。

ああ、わたしの住むそばにはこんなにも美しく広大な土地が広がっていたのか。

最短距離ばかりを見つけようとして、見落としていた。

タネを蒔き、苗を植える初夏

身動きが取れない、自由に動き回れない、もっと遠くに、もっと早く。

そんな焦りや憤りが旅館の御馳走を口にした途端に一気に吹っ飛んだ。

そんなに急がなくても、そんなに慌てなくても、大丈夫じゃないか。

今、いるところだって愛情を込めて耕し、タネを撒き、苗を植えることでいつか芽が出て、花が咲き、そして実る。

遠回りに見えるけれど、楽して、ズルをして、人を騙したり、出し抜いたりして得たものよりも、うんと素晴らしい実りがあるのだと自然が教えてくれた。

未来を育てる愚直な一手

「自分の子どもが大人になった世界になにを残せるか」

子どもが生まれたから、自分に課したミッション。

最高を、最短で作り上げる。

そんな甘っちょろい考えを全否定される時代の到来。

急がば回れということわざをひしひしと感じるこのご時世に、明るい未来があると信じて丁寧に、優しく育てていく忍耐力と根気を抱きかかえて。

わたしができる、地味だけど、愚直な一手を打ち続けていこう。