このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

目の前のことに夢中になるあまり、大切にしたかったものが守れず、「本当に大切にしたいもの」を思って浮かない気持ちになった経験はありませんか。今日ご紹介するのは、大切にしたいものを守れるように、ふたりで一緒に暮らしを整えてきたご夫婦です。

石川翔(いしかわしょう)さん・美緒(みお)さんのおふたりは、東京から徳島県勝浦町にみかん農家の後継として移住しました。おふたりが一番大切にしたいのは「家族との暮らし」。複数の事業をもつことで働き方を工夫しながら、愛猫たちと一緒に穏やかに暮らしています。現在の暮らしに至るまでの道のりを教えていただきました。

暮らしを中心に仕事をつくりだす

ハタケト:おふたりはみかん農家をされながら、民宿や古本屋など色々な仕事をされていますが、原点は何だったのでしょうか?

美緒さん:仕事の中心はみかん農家ですが、みかんも農業も偶然の出会いなんです。いちばんの原点は、ふたりで一緒の仕事をして心地よく暮らしたいと思ったこと。それを実現する方法として、地方に移住して、みかん農家を継ぐことにしたんです。

翔さん:ここは先代まで代々引き継つがれてきた農地なのですが、後継者がいなかったため、築100年を越える古民家と農地を合わせて引き継ぐ人を募集していました。移住先と、ふたりで一緒にできる仕事を探していたわたしたちにとって「夫婦で就農が望ましい」という条件こそがとても魅力的だったんです。

それまで農業とは全く縁がなかったのですが、後継として師につけるなら、無理なく挑戦できると思いました。愛猫たちと一緒に過ごす時間もたくさん作りたかったので、わたしたちにぴったりの好条件だったんです。

(宿の名前の由来でもある愛猫のあおくんは宿のオーナーでもあります。他に大事な家族の「ブン」ちゃん、そして永遠に家族の一員である、くるちゃんも)

翔さん:生活と仕事にはっきり境がない暮らしに憧れていたんですよね。ふたりで一緒にやりたいことは移住前から色々と考えていたので、引き継いだみかん農家と古民家を軸にして、できることを暮らしと事業に取り入れていきました。

美緒さん:例えば、民宿を始めることも夢だったので、住居はお客さんをおもてなしできるように改修しました。改修のほとんどは自分たちで行なったので、古民家DIYのノウハウを伝えることも仕事にできるようになりました。趣味を兼ねて始めた予約制の古本屋や、自給力を高めたくて育てている野菜と鶏は、わたしたちが楽しいだけではなく、お客さんのおもてなしも豊かにしています。

翔さん:ひとつひとつの仕事は、わたしたちの暮らしを通じて繋がっているので、生活することが仕事を豊かにし、仕事をすることが生活を豊かにしているんです。

好きな自分でいられる暮らしを考えた

ハタケト:そもそも移住を考えるようになったのはどんな理由ですか?

翔さん:競争しながら生きるのが苦しいと感じていたんです。わたしたちって勉強や運動など色々なもので比べられながら育ってきてますよね。どんな分野でも、がんばったらがんばった分だけさらに高い目標が見えてしまうので競争してもキリがないことをこれまで嫌というほど味わってきました。

人と比べても仕方ないと頭でわかっていても、情報にたくさん触れるほど、自分に無いものを羨ましく感じてしまうんですよね。常に人と比較して生きている自分は好きじゃなかったんです。どうしたら自分軸で生きられるか、学生時代に就職活動をしていた頃からずっと模索していました。

(翔さんは、自分にあった生き方を求めて色々な本を読んだそう)

美緒さん:わたし自身は芸能事務所の広報という好きな仕事にすぐ出会えたので、生き方を考えようとは思わなかったんですよ。翔さんからはずっと「仕事のことばかりではなく、暮らしについても考えてみようよ」と促されていましたが、定年まで勤めあげるつもりで働いていました。

でもあるとき、結婚したら好きな仕事を続けられなくなるかもしれないと思ったことで、暮らし方を考えるようになったんです。当時の仕事はとても好きな仕事でしたが、社外に出る機会や深夜の仕事も多かったので忙しくもありました。

女性の先輩たちは、家庭をもつと時短勤務やデスクワークなどに働き方を変えていることに気づいたんです。わたしは同じ仕事を続けたい気持ちと家族の時間を大切にしたい気持ちの両方があったので、この先どうしたらいいだろう、と立ち止まってしまった時に、翔さんが勧めてくれた本がすごく響きました。

(おふたりが営む古本屋「古書ブン」で販売されている『ナリワイをつくる(伊藤洋志著)』)

美緒さん:この本では生活を自給する力を身につけ、それを小さな商いとすることで仕事と暮らしの両方を楽しんでいく考え方が紹介されています。好きな仕事を自分で始めることは想像より難しくなく、暮らしを大事にしながらもできるんだと勇気をもらえたんです。当時、会社に勤務することを仕事と認識していたわたしにとって目から鱗でした。

そこでやっと、翔さんと一緒に暮らしのことを考えたくなりました。

翔さん:どこでどうやって生きていこうか、ふたりで理想の暮らしを照らし合わせてみると、競争が激しくない場所に移住した方がわたしたちらしく暮らせそうだと考えたんです。

競争から離れ、自分のペースを思い出した

ハタケト:移住前と大きく変化したお仕事についてはいかがですか?

翔さん:お互いに得意なことを中心に働いているので、楽しく働けています。農業はふたりとも初めてなので試行錯誤しながらがんばっていますが、その他に関しては、わたしは商学部を出ているので経営や営業を担当して、美緒さんは前職の経験を活かしてロゴの作成やSNSなど広報を担当しています。

美緒さん:退職してから気づいたことですが、わたしは自分の好きなものを人に伝えられる仕事が好きだったんです。宣伝する内容がエンターテイメントからみかんに変わっただけで、仕事の本質は変わらないんですよね。できなくなると思っていた好きな仕事が、暮らしを大事にしながらできちゃったんですよ

ハタケト:大きく変わったように見えても、本質はおふたりが積み重ねてきたことが活きているんですね。

(発送される熟成みかんには美緒さん手作りのメッセージが添えられています。箱を開けた瞬間、明るい気持ちに)

美緒さん:それから、最近まで(※取材は3月に実施)みかんの出荷作業がものすごく忙しくて、やっと一息けた時に「あ〜、もう働きたくない!」と思わず声に出たんですよ。その時、わたしってできるだけ働きたくないタイプだったんだなと初めて気がつきました。会社員時代はもっとたくさん仕事をしていたはずなんですけどね。

ハタケト:暮らす環境が変わったことで、素直な気持ちに気づいたんですね。

翔さん:暮らす環境にはすごく影響を受けていますよ。東京にいた頃と比べて、人や情報に接する機会が減ったからか、最近はロールモデルをもたなくなりました。素敵だなと思う人はいるのですが、目標に掲げることはせず、自分のペースを大事にできています。

持続するには心構えも大事

ハタケト:勝浦町に住んで6年目になるとのことですが、移住前に思い描いていた暮らしとギャップはありましたか?

美緒さん:わたしたちの場合、理想を描いて移住先で奮闘してきたというよりも、実現したい暮らしに必要なことをひとつずつしてきただけなのでギャップは存在しないんですよね。

翔さん:もちろん移住する前にも不安はたくさんありました。だからこそ、下見を念入りにして、生活ができる見通しを立ててから移住しました。実現したい暮らしによって必要なお金も違うので、自分たちに合った家計簿をしっかり考えていたことも、ギャップを生まなかったポイントだと思います。

ハタケト:ふたりで暮らしをつくる中で、一番大切なことは何でしたか?

美緒さん:ひとつのことに執着しないことだと思います。わたしたちは収入の多くを農業から得ていますが、いざとなったら別のことをするのもいとわない心構えでいます。翔さんもわたしも日頃から新しい仕事の可能性は意識してますね。

翔さん:もし予想もできないようなことが起こって、みかんが全部枯れたら流石に生活できませんからね。複数の仕事を持つことはリスクの分散になりますし、暮らしも仕事も自分たちでつくるんだ、という心構えによって、日常の中からも選択肢が見えやすくなるんです。

美緒さん:暮らしを変えるために必須なのは決して特別なスキルではないと思うんです。わたしたちが今やっている仕事は全部ここで始めたものですしね。移住前に準備していて今に活きていることといえば、どんな暮らしがしたいか、とふたりでよく擦り合わせていたことです。

一緒に暮らす人と、大事にしたい価値観の認識が合わせられたら、選択するものが明確になるので、あとは無理なくそれぞれのペースで歩んでいけると思います。

(インタビューはここまで)

大切なものを守るための選択肢はたくさんあるんですね。見えていなかった選択肢に出会うヒントをいただけて、明るい気持ちになりました。

おふたりの芯の強さに憧れて、おふたりの暮らしの原点となった本『ナリワイをつくる』をその場で購入しました。本を読み進めると、本題に入るページに手作りのしおりを発見。おふたりが暮らしの中のひとつひとつを大切にされているのを改めて感じ、わたしにとっても大切な一冊になりました。