このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分の双方を愛せる生き方を紹介するメディアです。

毎日が忙しいと、ご飯の時間が楽しみだったりしますよね。自分の好みの食材、彩り、味付けだと幸せな気持ちにもなります。さらにこんなカラフルなお弁当だったら一気に心が弾みませんか?

「生産者さんのことを思って、あれもこれも食べて欲しい!と思うとついつい盛りだくさんになるんですよね」と語りながら盛り付けているのは、食の生産と食卓をつなぐ仕事をしている、そたにさおりさん。地元・徳島の農業を仕事を通して応援する独自の肩書は「地農考食(ちのうこうしょく)コネクター」です。仕事内容は、商品の企画開発、ブランディング、マーケティング、コンサルティングなど多岐に渡ります。さおりさんがなぜ地農考食コネクターの仕事を始めたのか、聞いてみました。

(ケータリングのお仕事で会場のテーブルコーディネートをするさおりさん)

「得意」を活かし、地元の農業を底上げしたい

ハタケト:地農考食コネクター、すてきな肩書きですね。主にどんなことをされていますか?

さおりさん:畑にいる農家さんに、普段なかなか伝わらない食べた方の感想などをお伝えして、それをヒントに出荷先や売り方のアドバイスをしています。たとえば、大きく立派に育て上げた野菜を売るとしても、市場流通に出荷するとサイズと重量で送料が加算されて価格で不利になりますが、新鮮な地元野菜を求める方が多い産直に出せば、価格よりも立派さが評価されて買ってくださる方も多くなります。

また、農家さんが売れないだろうと思っている品種・形・大きさでも、飲食店の視点で見ればすごく良いものもあるので、むしろ作付けを増やすことをお勧めしたり、飲食店側への提案やマッチングもお手伝いしています。

ハタケト:作り手と買い手の認識の差を埋めているのですね。

さおりさん:誇りをもって育てて、自信をもって売り出した野菜が売れなかったら、誰だって自信を失いますよね。きちんと評価してもらえる買い手に結びつき、ファンができると農家さんの自信になります。そんな風に一人ひとりの農家さんが自信を強めながら農業を続けてくれることが、徳島全体の農業の底上げになると思うんです。

(2020年11月、東京・新宿伊勢丹でのサロン・ド・アグリ・ジャポンでの出店の様子。継続お取引が決まった野菜もありました)

ハタケト:地農考食コネクターという名前は、活動の中で思いついたんですか?

さおりさん:これまで200軒以上の生産者さんを訪ねながら、様々な立場の方と仕事をしてきました。食に関わる人は、作り手だけでなく、買い手もいるし、製造や販売の事業者など、幅広くいます。また、立場によって考える内容や取り組む速さも違ってきます。でも「徳島の農業を盛り上げよう」という気持ちはみんなに共通しているので、分散した人や情報をうまく組み合わせれば、もっといい流れを生み出せるはずだと思いました。わたしにできるのは生産から食卓までを見渡せることなので、色んな立場の人をつなぎながら、地元の食材をもっとたくさんの人に届けていきたい。その思いを込めた造語です。

(「少しでもたくさんの人につながれるように、人の行き来が多い駅前にお店を構えています。徳島のおいしいものの入り口になれたら嬉しいです。」とさおりさん)

ハタケト:最近は都内のイベントにも出店されたそうですが、地産地消だけではなく、県外の出荷にも力を入れられるのはなぜでしょうか。

さおりさん:農業で生計を立てながら、さらに次世代に引き継ぐ農業であるためには、県内の消費量だけでは不十分だからです。徳島県は瀬戸内海を挟むため送料が加算されてしまい、どうしても市場流通では不利になりやすく、徳島のものを手にとってもらうためには、まずは知ってもらう必要があります。と同時に、「徳島の食材」としてブランディングする以上、地元の人にも知ってもらうことが欠かせません。地元には応援してくれるファンを増やし、適切な手段で都心の方々にも知ってもらう。そうして将来的な生産量を増やすことが徳島の農業を盛り上げる大きな流れになっていくと考えています。

「楽しい」が縁を引き寄せ、自分の仕事ができていった

ハタケト:地農考食コネクターの仕事は多岐に渡りますね。さおりさんご自身が多才なスキルを身につけられた背景を教えてください。

さおりさん:祖母と母が飲食店を経営していた影響もあると思いますが、自分の仕事は自分で作るという思いから、早くから自分ではたらき始めました。最初に始めたお店は、雑貨と飲食の複合店で、色んなことを外注する余裕はなかったので、商品はもちろん、経営に関わる事務処理、チラシやウェブサイト、イベントの企画など、何でも自分でやりながら身につけてきました。

(お店は当時からお母様である曽谷佳子(そたによしこ)さんと一緒に)

ハタケト:そこから現在の地農考食コネクターとして活動されるようになるまでには、どんな経緯があったんですか?

さおりさん:お店は楽しかったのですが、がんばりすぎて体調を崩したので一度休業しました。仕事に復帰するタイミングで農商工連携事業としてマルシェの事務局の仕事をしないかとお声掛けいただいたので、飲食店をやってきた経験が活かせそうだとお引き受けしました。マルシェの仕事のおかげで、知らなかった地元の食材や生産者さんと出会うこと、その感動を伝えることなど、作り手と買い手を繋ぐことにたくさんの喜びとやりがいを感じるようになりました。

そうして楽しみながら仕事をしているうちに、自分のやりたいことが具体的に見えてきたんです。わたしができることに集中させてもらえる環境で、もっと農業の課題解決に取り組みたい!という気持ちが強まった時に、ちょうど現在籍を置いている株式会社オーコーポレーションとご縁がありました。そこで新しく「montecrew(モンテクルー)」という事業を立ち上げて、地農考食コネクターの仕事を始めたのが4年前です。

(農家さんの話を聞きながら採れたての野菜を食べた時には、あまりのおいしさに感動したそう)

ハタケト:楽しいと思うことに取り組み続けたことが、やりたいことに繋がる縁を引き寄せたんですね。

さおりさん:実はそれまで、何かに特化せずに幅色く仕事をしてきた自分のキャリアを薄っぺらい、と思っていた時期がありました。でも結果的に、広く経験したことが生産から食卓までを見渡せるという強みにできたと思っています。

子どもの頃から蓄積された独自性も仕事に活きた

ハタケト:お母様とお祖母様が飲食店をされていたということでしたが、ご実家が飲食店だった影響もありますか?

さおりさん:特に意識していたわけではありませんでしたが、今になって振り返れば、食が生活の中心にある家庭でした。たしかに商売が性に合うことや、食に関心が高いことは家庭環境によるものでしょうね。

さおりさん:実は、高校生のときから学校で母のお好み焼きを勝手に販売していました。最初は、お弁当を忘れたわたしに母がお好み焼きを届けてくれていたんですが、いい匂いがするので羨ましがられて、そのうち友達の分も一緒に頼むようになって、だんだん知らない人から注文を受けるようになって(笑)。結局、登校後すぐにみんなからの注文をまとめて、学校の公衆電話から母に依頼、昼休みはみんなにお好み焼きを配達してからやっと自分のお昼ご飯、といった感じでたくさんの人にお好み焼きを届ける日々でした。学校で食べてファンになってくれた人がお店に来てくれることもあり、母も喜んでいました。当時は商売というよりも、ただみんなからおいしいと喜んでもらえるのが嬉しかっただけなんですけどね。

ハタケト:今のお仕事の原点ですね。生まれ育った徳島でお仕事を続けることも、そうした原体験への思いがあるのでしょうか。

さおりさん:お客さまによく言われるわたしの良さは「地元から、地元の良さを伝える」という価値で、徳島というバックグラウンドは強みだと感じています。かつて、流行は都心で生まれて地方に伝わるまで10年掛かると言われていましたが、もう時代は変わりました。どこでも仕事ができる時代だからこそ、もう都心からの一方通行ではなく、都心と地方が双方向にキャッチボールできると感じています。

(生産者さんを訪ねて、その場で野菜を手にしながら話を聞くさおりさん)

地元という強みを持ち、人生の経験を重ねて

さおりさん:現在、montecrew(モンテクルー)事業を立ち上げて地農考食コネクターをしていますが、モンテクルーでは食に限らず地域資源を活かす取り組みをしています。モンテクルーという名前は、「帰ってくる」と言う意味の徳島弁「もんてくる」に由来してるんですよ。

地元に帰省した友人たちと久しぶりに会えたときの話ですが、結婚や子育てなどのライフステージの変化で会えなかった間もそれぞれ経験を積み重ねていて、できることが増えているのを感じました。みんなの経験値やスキルを持ち寄って活かしたら、新しい仕事を生み出せるね!と盛り上がって。そのとき、徳島弁で「帰ってくる」という意味の「もんてくる」を外国語っぽい音にした「montecrew(モンテクルー)」という名前が生まれました。

県外に出た後で徳島に帰ってきた人もいれば、帰ってこれなくても徳島に何かしたい人もいます。わたしがプラットフォームになれば商品企画もできるし、みんなの想いだけでも帰ってこれるようにしておきたいって思うんですよね。

(モンテクルーの事務所の下にはさおりさんがプロデュースする飲食店兼クッキングスタジオ「朝昼ときどき晩ごはんDoor!」もあり、最初にご紹介したお弁当も販売しています。店名は、作り手との関係性を繋ぐ扉でありたいという思いから)

ハタケト:さおりさんが待ってくれている徳島が羨ましくなりました。住む場所や仕事が思うようにいかないこともありますが、どんな人生経験も自分次第で活かせると勇気付けられます。

さおりさん:その時はわからなくても、過去を振り返って「だから今のわたしはこうなんだな」としみじみ過去の出来事とのつながりを感じることがあります。もしも人生の中で思うようにいかないことがあっても、経験やスキルは決して無駄にならず、ネクストステージへの力となると思いますよ。

(インタビューはここまで)

”今までの経験は無駄にならない”、というさおりさんの言葉はきっと、ライフステージによる環境の変化を受けやすい方に力強く響くのではないでしょうか。さおりさんが強みを仕事として形にできた秘訣は、楽しみながらも「自分の仕事は自分で作る」と決めていたからだと思います。そしてその独自性を支えているのは自分への理解ではないでしょうか。さおりさんの言葉が響いた方も、あなたを活かす働き方が自分の中に見つけられますように。