岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなあなんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト、今。

動けば汗をかき、止まれば寒い。
秋はせわしなくわたしを動かすし、そうしていた方が楽だ。

土を落とし、ピカピカの子たちを選別し、近所のスーパーへお芋を運び、余ってしまった子たちを連れ戻しては愛でる毎日がはじまっている。
ひっきりなしに掘り起こされるお芋や落花生に動かされて仕事をする日々は
楽しいとか嬉しいとかそういう感覚ではすっかりない。それはこそだてにも近い感覚で、我が子が抱けと泣くから抱くのだけれど
自発的な愛も忘れないようにしないとな、なんて定期的に思うのが秋。

そうそう、愛しているから動けるし
愛しているから苦痛ではないのよ。それがハタケの良いところ。

毎日毎日たくさんのお芋がお嫁に行くのはいつだってずっとありがたくて嬉しいし、ものすごく誇らしい。
決して激安ではないKoike lab.のお芋を見初めて下さったお客様は漏れなく尊い。

(必ず周りの農家さんの野菜を美しく並べてから、置き場所を貸していただく。)

田舎で暮らしていると農家じゃなくたって結構当たり前に新鮮な野菜は手に入るし、高齢農家の余剰品バザーと化した直売所は激安だったりするのだけれど、
それでもうちのお芋を求めてくださる方がいるというのはすごいことなのだ。

美味しいから?
新鮮だから?
そんなのは個々人の感じ方で、どの農家だってうちのはまずいなんて思って出してないのだ。

それでもKoike lab.の価格に理解が生まれるのは、お金の価値観への共感だと思っている。

(間も無く落花生の出荷がはじまる)

お金があればしあわせなのか。

東京の金融街でヒールを鳴らすバリキャリの証券マンだったわたしは、当たり前のようにお金が大好きだった。
お金で買える愛のことも知っていたし、欲しかったけど得られなかった愛を思い出しては、さみしさをかき消すだけのお金の額を計算してみたりした。

東日本大震災のおきた夜、わたしの暮らしていた千葉県浦安市は液状化現象でひとの資産たちが地面に埋まっていた。
帰宅困難者になってオフィスから浦安まで歩く。崩れかけた橋をやっとの思いで渡り、ふと顔をあげたとき。マンションや高級車が地面に沈んでいる光景は、何度思い出しても恐怖だ。
お金で買えるものたちは自然の力に勝てないのだと理解したとき、自分の中の何かが大きな音を立てて崩れ去るのを聞いた。

いつか高層マンションに住んで、好みの車に乗り、欲しいものは全て手に入れて、ほくそ笑んでいる自分を想像していたことが急に虚しく感じられた。
こんな、予想もできないアクシデントで、それらを失ったとき、わたしはきっと立ち上がれない。

そんな脆くて、心の支えにもならない「お金」に1ミリにも満たない自己肯定感を預けていた自分に、絶望した。

わたしはそんなもので、しあわせにはなれない。

豊かさとしあわせの再定義

その日から、間も無く結婚しようとしていた夫と崩れ去った経済観念とあたらしい価値観について、日夜話し合うようになった。どれくらいのお金があれば生きていけるのか。
ほんとうに欲しいものはなんなのか。
それはいくらお金があれば買えるのか。
どういう働き方をすればまかなうだけの稼ぎが得られるのか。
そのお金はどういう形で計画して貯蓄をしていけば使いこなせるのか。

限りない質疑応答を繰り返し、不確実性の多いこの議題に対して最適解を求めるために金融知識が腐らないうちにFPの資格をとり、夫の貯蓄から収入から全てを預かって徹底的に家計管理をしてより確実な解を導き出していく中で得られた共通の価値観。

それは
無駄のない家計運用ができるようになったとき、わたしたちは豊かだと言えるのかもしれない
ということ。

(2013年から愛用しているベネッセ「サンキュ!」のHappy家計簿)

夫婦のマインドセット:プレミアム貧乏

まずはじめに、夫婦共通認識としての「生きるのに最低限必要なお金」に対する純度を高めるため、マインドセットをあえて定義した。

しょっちゅう親が言ってた「うちは貧乏だから!」って言葉。
お金がないことへの言い訳でもあり、理想が高ければ当然現実が貧乏になるという事実でもあった。

じゃあ、そもそも現実を貧乏だと定義して、より品質がよくて高級なプレミアムな貧乏目指せばいいんじゃない?そしたら余剰金があるだけ好きなことできるし、未来に投資できるし、やりたいことやれるんじゃない?と。
それこそが小池夫婦の「プレミアム貧乏作戦」だった。

これは
・生きるのに必要か?
・なければ死ぬか?健康を損ねるか?
必ず自問自答しながら生きるのに必要なもののみにお金を払う。

東京で設定したプレミアム貧乏生活を大阪でも展開したけれど、やっぱり生きるのに必要とかなんとか以前にかかる費用が多いことに気が付く。
家賃・駐車場代・恥ずかしくない格好をするための費用・税金も高い・交際費や娯楽の誘惑。

稼げない駆け出しカメラマンになったわたしの大幅収入減も相まって、生活がどんどん苦しくなる。
どんなに削っても25万円の収入がないと生活が成り立たない都会生活。
どうする?
ヤバイな?

そんな矢先に「家付中津川移住」の話が夫の実家から出た。
わたしたちは飛びついた。

田舎暮らしの生活費

そうして1.5町の畑付き一軒家があっさりと手に入ったわたしたちは、改めて家計簿と睨めっこを続ける。
はじめの1年はやっぱり25万くらいないと貯金を切り崩すことになって、そもそももう雀の涙みたいな貯金に頼っているのはいささか不安だった。

25万円も何を買ってたのか、詳細は今となってはさっぱり思い出せないのだけれど、友達のいない田舎生活はやっぱり孤独で、よく名古屋や大阪まで買い物や友達に会うために出かけていた。往復3,000円の電車賃や、往復1万円の高速代が響いている。

前記事(あなたもわたしも。「すっぴん」の肯定は人生の肯定。)を経て誰かのためにする”恥ずかしくない格好”をやめたわたしの家計簿から「美容・被服費」の項目がまず消えた。

それでもボロくなれば下着や靴下は買うし、ペラペラになったカットソーは買い換えた。イケてる作業着は人並みに「かわいい〜!」と言いながら買うし、そうした本当に生きるために必要なものは「生活必需品」の項目に全部入れた。
最低限の保湿剤も皮膚科でもらっては生活必需品の項目へ。医療費なんかじゃない、これは生きるために必要なものだから。

共に一食1合食べる大食い夫婦のエンゲル係数は幸福がどうとかよりも生存のために必要なものだった。全部スーパーで買っていた頃は食費5万円は当たり前。
上記に定義した「生活必需品」も3万円くらいかかっていた。
それが2020年の今、これまた大食いの娘がひとり増えたにもかかわらず合わせて2万円程度だ。

買うのは我が家では育てられないけどどうしても食べたい野菜と、肉・魚・卵・牛乳。それから納豆。野菜が山とある夏〜秋は卵と牛乳だけを買って、とにかく野菜と米でおなかを満たす。

(これはKoike lab.の新商品「恵那山麓野菜カレー」。180gのレトルトカレー、そのうち100g以上が野菜。試作の時期はいっぱい商品を食べられるからそれもしあわせ)

それがまたとてつもなく幸福で、うまい。
白ごはんとなんでも野菜の具沢山味噌汁があればしあわせな人間になった。毎日外食で一食1,000円以上はつかっていた人間がそうなる日がくるなんて想像もしていなかった。

こうして我が家の一ヶ月の支出は今、大体10万円。
その中で食費も光熱費も携帯代も外食も帰省も娯楽である休日アウトドアも。全部欲しいだけちゃんとまかなえている。

(この頃はフルタイムだった夫の給与。21万の手取り。102,945円使って、110,815円貯金してた。
そんなに稼がなくても足りるから農業したら、って月2日まで減らしてもらった。)

さて。

どうやらお金がないと、しあわせになれないなんてことはないみたい。
だって月に10万円の家計のやりくりをしているわたしはめちゃくちゃしあわせで、豊かなんだもん。

夫も月に2回のバイトと農業でそこそこ楽しそうにやっているようにみえるし(少なくとも証券会社時代より健康そうだ)、
娘は義実家に甘やかしていただきつつ欲しいものは大抵手に入れて、ニコニコ聡明に育っている。

ちなみに生活費の10万円は夫とわたしのバイトで稼いでまかなっていて、農業他事業収入は全て事業に再投資している。今のところほとんどが設備投資とパートさんの人件費になっていて、一個人事業主とはいえパブリックでポジティブな感じだ。
贅沢を1ミリも求めないしなんなら興味もないわたしたちが作る「農業を続けるのに必要な価格」は一定の説得力があると言えるんじゃないだろうか。
これからどんどん増える耕作放棄地をまかなえるだけの雇用を生み出せるような、農業の続け方と、持続可能な生活。

お金はないと、生きていけないね。
でも、そんなに、いる?