このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

今回お話をお聞きするのは、女優、メイド、コスプレイヤーなど、様々な形でパフォーマーとしてお仕事をされてきたルキノさんです。東京で15年以上にわたってパフォーマー生活を謳歌してきたルキノさんですが、今は「充電期間」なのだそう。

(ルキノさんが充電期間に入る前に開催された写真展)

現在は千葉県の成田市に移住し、夫婦で自分たちで食べるためのお米と野菜を作られています。農作業をするのは週1、2回ですが、食卓に並ぶお米と野菜の7~8割はご夫婦の田畑でとれたものなのだとか。

パフォーマーから農業へ。以前とは180度暮らしが変わったルキノさんが感じたものとは―?

ルキノさんをハタケの世界に導いた旦那さんの順平(じゅんぺい)さんにもお越しいただき、おふたりにお話を伺いました。

華やかな自己表現の世界から農作業の日々へ

ハタケト:ルキノさんは、長い間パフォーマーのお仕事をされてきたのですね。

ルキノさん:はい。20歳で上京してから15年以上、エンターテインメントの世界でパフォーマーとして活動してきました。現在は活動をお休みして、夫婦で趣味の農作業を楽しんでいます。

ハタケト:直近ではエロコスプレイヤーをされていましたよね。引退を決意されたのは、なぜだったのでしょうか。

ルキノさん:コスプレはやり切ったかな、という思いからです。ずっと人前に出る仕事で走り続けてきたので、あるときふとエネルギーが切れてしまって。充電しないと、わたしにはもうアウトプットするものがないと感じました。

農作業を始めたのは、数年先に始めていた夫の影響です。でもわたしは、それまで農作業をしたことがなく、自分がやるなんて思いもしませんでした。農作業って、めんどくさくて、作物を育てるために仕方なくやらされているものだというイメージを抱いていました。

ただある日、夫が広い田んぼの草取りをひとりでしなければいけないことになって、「かわいそう」という同情心からわたしも手伝うことにしたんです。そうしたら、ハマりましたね(笑)。なんだろう、裸足で泥に入ることが心地よくて、眠っていた野生が開花したとでも言いますか。原始的な喜びを感じました。

それに、エンタメの世界から離れて充電期間に入っていたわたしの生活に、農作業は相性が良かったみたい。十分な時間もあったし、芸能活動で長年張り詰めていた気持ちが緩んでいく感覚がありました

脱会社”の心の保障としてのお米作り

ハタケト:順平さんは、今はどんな生活をされているのでしょうか。

順平さん:ぼくはもともと漫画の編集者をしていました。今はフリーランスで漫画業界のライター・編集者をしていて、それとは別に農作業もしています。

順平さん:会社勤めで漫画の編集者をしていた頃、だんだん会社に縛り付けられるのが嫌になってしまって。そんなとき、まだ結婚前だった妻と一緒に見に行った映画にたまたまトークショーがついていて、そこに登壇していた髙坂勝さんと出会いました。

髙坂さんの『減速して自由に生きる ダウンシフターズ』という本を読んだことがきっかけで、都会から田舎に移住する生き方を知り、農業に興味を持ったんです。「自分でお米を作ることができれば、最低限くいっぱぐれはしない。」という考え方にたどり着いたときには、これだ!と思いました。会社に頼らずに生きていけたら、すごくかっこいいなと。

そこで、まずは農業の体験から始めてみました。月に1、2回、休日に人の畑を手伝うくらい。それでも、自分でも自給自足ができそうだと思えたことは、会社を辞めるにあたっての心の保障になりました

そして最後は勢いで会社を辞めました。でもいざ辞めてしまうと、現実問題として家賃の支払いがネックとなって。その頃にはすでに千葉県の匝瑳市(そうさし)に田んぼを借りていたので、当時住んでいた渋谷区の千駄ヶ谷を離れ、匝瑳で古民家暮らしをしていた知人の家に間借りをすることにしたんです。

“ちょうどいい” 都会的田舎暮らしの模索

ハタケト:匝瑳に移住されたのですね!おふたりは今は成田で農業をされていますが、匝瑳から成田に移ったのはどうしてですか。

ルキノさん:匝瑳での間借り生活で、田舎の古民家暮らしの厳しさを知ったからですね。家賃はとても魅力的なのですが、湿気が多くて服や靴にカビが生えたり、クーラーなし・シャワーなしという慣れない環境だったりするのがちょっと辛くて。加えて、ちょうどそのとき悪化していた持病のアトピーが、急な環境の変化でさらにひどくなってしまったり。

あと、台所に行くと毎日5匹はゴキブリを見るとか(笑)、近所におしゃれなカフェがないとか。間借りという共同生活なので、色々と気を使う部分もあったりして。都会のアパート暮らししか経験がなかったわたしたちに本格的な田舎暮らしはまだ早かったと気づいて、2か月半後には、田んぼと東京の中間地点である成田に再度引っ越しをしました。

ハタケト:憧れの田舎暮らしを始めたのはいいものの、いきなりの古民家暮らしはおふたりには合わなかったのですね。成田に住んでからは、どうですか?

ルキノさん:ここは、都会の人でも馴染めるくらいのちょうどいい田舎だと思っています。東京で暮らしていた頃と比べてよかったのは、生活コストが下げられたことでしょうか。「家賃を稼がなくちゃ」の呪縛から解放されましたね。

今までは狭い家が当たり前でしたし、車を持てるなんて夢にも思いませんでした。でも、ここでなら、それが全部できたんです!

「車が欲しいからそのために節約生活をしている」ということでもありません。旅行や体のメンテナンス、たまにする外食など、好きなことには我慢せずにお金を使っています。

無理して稼がなくても食べてはいけるから、生活のための仕事ではなくて、もうちょっと楽な仕事や自分の好きな仕事をすることができます。こんなに自由になれるんだ、と驚いていますね。

当たり前と受け入れていた、あらゆる縛りからの解放

ハタケト:農作業を始めたことによって、どんな変化がありましたか。

ルキノさん:ひとことで言うと、毎日の満足度が上がりました。土に触れて作物を育てること。景色のいい自然に囲まれて、体を動かすこと。そして、その作業が実を結ぶこと。そういったことすべてが、わたしの幸せにつながっています。

東京にいたときには、「仕事で何かを達成した喜び」を感じていましたが、それとはまた違う、生活というベースの幸福感に気づいたんです。暮らすことって幸せだな、と。

都会暮らしにおいては、わたしは物事を計画的に進めたいタイプでした。でも、農作業は自分の計画通りには進みません。

だから、自然に委ねる。そうして、不確定要素に揺さぶられる楽しさもあるんです。野菜も雑草もそうだけれど、みんな生命を全うしていて、わたしたちはそれをいただいているだけなんですよね。思い通りにはいかないままならなさもあるけれど、それも仕方ないと思えます。

それに、わたしたちは農業を仕事としてやっているわけではないので、「お米も野菜も、うまくいかなかったら買うこともできるし…」と思って気楽にやっているんです。だから、個人的にはちょうどいい距離感でできているかな。

順平さん:ぼくから見ると、妻はさすが元エンターテイナーで、工夫して農作業を楽しんでいるなと感じますね。たとえば、コスプレをして田植えをしてみたり。今日だって縄文人をイメージしたお気に入りの作業服を着ているし。あと、今年はコロナの影響でなかなかフェスにも行けないよね、ということで田んぼで爆音で音楽をかけてなんちゃってフェスをやったりなんかもしていましたね。

ハタケト:ルキノさんと農業が出会うと、こんな化学反応が起きるんですね!

順平さん:そうそう、それに思い描く未来像にも変化が出てきたよね。

ルキノさん:東京にいた頃のわたしたちは、子どもを育てるという考えはちらりともありませんでした。でも、成田に移ってほどなくして「あ、子どもがいてもいいかも。」と思うようになったんです。今は、妊活をしています。そういう意味では描く未来も大きく変わりました。

きっと、あの頃は知らず知らずのうちに諦めていたのだと思います。だからわたしにとって一番大きな変化は、そういう自分の中に当たり前のようにあった「できない」がなくなったことかな。これから先、もっと色々な可能性が広がっていくのではないかとワクワクしています。

(インタビューここまで)

ずっとできないと思っていたことが、やってみたら特別難しいことではなかった。
今まで当たり前だと思ってきたことも、ひとつの価値観に過ぎなかった。
ルキノさんの人生を通しての気づきは、わたしたちに生き方の選択肢を与えてくれます。

“幸せって何だろう”
ひとりひとりが、自分に合った答えを探していけますように。