このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

今回お話をお聞きするのはさいたま市で女性1人で新規就農し「こばと農園」を営む田島友里子(たじま ゆりこ)さんです。友里子さんは、農薬や肥料を使わない自然栽培・タネを自分でとる自家採種・地産地消と主流の農業スタイルとは逆のやり方の農業をされています。

旦那さんは単身赴任、1歳と5歳のお子さんの育児をしながらの農業。忙しい日々ですが「毎日がとても気持ち良い」と語ります。独自の道を貫ける秘けつは、友里子さんの仕事観にありました。


生きるのが苦しかった高校時代

ハタケト:友里子さんは大学・大学院で美術を専攻されていますが、卒業後すぐに農業の道に進まれていますよね。美術と農業と全く違う分野に見えますが、どんな経緯があったのでしょうか。

友里子さん:高校が進学校だったのですが、わたしは「何のために勉強するのか」がわからないまま勉強し続けるのがずっと苦痛でした。「何のために」「今」「この内容」を勉強するのかが知りたかったし、それがわからないとやる気になれなかったんです。

友里子さん:学校では、足並み揃えて行動することが求められますよね。本来人間はみんな違って当然なのに競争意識が生み出されているように感じます。学校の中の共通意識や価値観があたかも全てであるかのように錯覚してしまうし、同調圧力を感じてしまう。違和感をもちながら周りに合わせることも、周りが一生懸命勉強している中でわたしだけ頑張る気になれないのも苦しくて、その環境からずっと抜け出したいと思っていました。

ハタケト:抜け出すためにされたことはありますか?

友里子さん:もともと自然と触れるのは好きだったので「農業大学校に行きたい」と親に相談したことがありました。ですが、大学進学を進められて。勉強から逃げるように、好きだった美術を進路に選びました。

周りと同じより、わたしはどうしたいか

ハタケト:卒業後、美術の仕事を選ばなかったのはなぜでしょうか。

友里子さん:人生で仕事の占める割合は大きいので「好きなことを仕事にしよう!」と決めていました。美術は周りと競争して優劣をつける必要もないし、個性を発揮することが求められる分野です。わたしは大学でゼロからイチを作る楽しさを学んだので、美術制作を本業にし、生計をたてるために美術教師もやろうと考えました。

それで大学院時代に高校の非常勤講師をしてみたんです。しかしやってみると、生徒ときちんと向き合うには本当にエネルギーが必要だとわかりました。中途半端な気持ちで教師になろうとしていた自分を恥じ、違う仕事の形を検討するようになりました。

ハタケト:それで就農の決断を?

友里子さん:どこかの会社に就職することを考えたときに、会社で働くことと、社会が回ることが遠すぎてピンと来なかったんです。今思えば、美術講師時代は美術を教える自体より、授業を通して「人生って楽しいよ」「色々な生き方があるよ」と未来のある生徒たちに伝えられることに喜びを感じていたんですね。

働く意味がわかりやすい仕事は何かと考えると、再び農業が浮かびました。「自分が食べるものを作って売る。」シンプルですが、それが働く原点だとしっくりきて。一番やりたかったゼロからイチを作る仕事ができて、納得できる働き方で生計をたてられると感じたので、新規就農を選択しました。

ハタケト:男性社会と言われる農業で、女性1人の新規就農に迷いはありませんでしたか?

友里子さん:「わたしがどうしたいのか」を一番重視していたので、女性であることを特別意識はしなかったですね。それどころか卒業後は「農業中心の生活にどっぷりつかろう!」とワクワクしながら農業が盛んな北海道に飛び込んでいきました。

20代は色々と経験を積み、30歳で縁があった場所で就農すると決めていました。結果、夫の実家のあるさいたま市で自分の農園を始めることになりました。農園を始めて4年目になりますが、わたしにとって農業は最高に気持ちいいと胸を張って言える仕事です。

日々生死に触れているから小さな喜びに気づく

ハタケト:仕事を「気持ち良い」と評価する視点はとても新鮮です。友里子さんのいう「気持ち良い」とはどのようなものでしょうか?

友里子さん:心身ともに健康に働けることでしょうか。好きな仕事でストレスなく働け、いのちに触れて心が育まれる。1日中体を動かすから心地良い疲れでぐっすり寝れる。そんな毎日をおくれることが「気持ち良い」です。

ハタケト:いのちに触れて心が育まれるとはどういうことですか?

友里子さん:農業をしていると毎日すごい勢いで植物や生物の生死を目の当たりにします。例えば、タネを撒いて元気に育ったと思いきや、天候や環境の変化で全滅してしまうことなんて自然界ではよくあることです。だからこそ、ちゃんと育った時の感動も大きい。ダメになってしまった作物も土に還り次の作物の栄養になります。わたしたちはそうやって巡っているいのちから栄養を頂いて生きてるんです。その営み自体も感動的です。

(立派に育った人参)


友里子さん:昔、牛屋さんで少し働いたことがあるのですが、自分の出産・授乳のときに「あ!わたしと牛は同じだ。」とハッとしたことがあって。普通に生活をしていると人間も動物だということを忘れてしまいがちです。農業の仕事をしていると人間も自然の一部であると日々実感させられます。

ハタケト:人間も自然一部という観点から世の中や自分の生活を見直すと、今と全く違う視点に出会えそうです。

友里子さん:そうですね。自分や家族はもちろん、地域の人、自然環境など、たくさんの大切なものに気付けますし、「当たり前」と思っていた小さなことにも喜びを感じられています。日常がいかに尊く、ありがたいものか実感しながら日々働くことができているので、とても気持ち良いですね

地域の未来、農業の未来のために

ハタケト:「こばと農園」はどんな農園を目指していますか?

友里子さん:自然栽培の農園としてしっかり稼ぎ、地域に根付いた強い経営をすることを目標にしています。

ハタケト:普段生活をしていて自然栽培の野菜をあまり見かけないので、自然栽培の農家は少数派の印象があります。自然栽培を選ばれるのはなぜでしょうか?

友里子さん:一番の理由はわたしが人に届けたいと思うくらい、おいしいと思うからです。自然栽培は収量が少ないので値段が高くつけることが多いのですが、実はその地域にあった作物を選択し農家がしっかりとした技術で管理すればコスト低くちゃんと育てられる栽培方法だとわたしは思っています。環境にも体にも優しくておいしい野菜を、より手の届きやすい価格で提供できるように規模拡大で収量を増やし、しっかり経営できるようになりたいと考えています。

(葱の自家採種の様子)

ハタケト:規模拡大を目指しつつも、地産地消にこだわるのはなぜでしょうか?

友里子さん:環境や社会の変化を考慮した時に、肥料や出荷など外部流通に頼りすぎず、その土地と人々を大切にした農業が持続可能で、経営としても自立して強いと考えているからです。わたしは畑のあるさいたま市で、さいたま市の人たちと一緒に、さいたま市の人たちが食べる野菜を作りたい。そして、さいたま市という小さな経済圏でお金をまわしていきたいと思っています。

また、「自然栽培でもしっかり稼げる」ということを証明して、環境と人々にとって持続可能な農業を次の世代に伝えたいという想いもあります。次の世代が生きていく未来を考えたときに今どんな選択したいか、自分に問いかけることを日々大切にしています。

ハタケト:友里子さんにとって誰のために、なぜ働くかが明確なんですね。働く本質的な意味を感じます。

(直売の様子。時には娘さんもお手伝いしてくださるそう。)

わたしが幸せと感じる道を選ぼう

ハタケト:最後に、好きな仕事とはいえ、旦那さんが転勤族、お子さんを2人育てながらの女性1人農業。苦労も多いのではないでしょうか?

友里子さん:もちろん大変なこともありますが、それ以上に好きなことを思い切りできることが嬉しい。夫も私もそれぞれの人生を尊重し合える関係ですし、好きなことに対して頑張っている親の背中を子どもに見せるのがわたしの子育てです。

「女性1人農業」「自然栽培」と珍しい選択をしているので、時には周りから口を出されることもありますが、それは結局他人の考え。わたしと家族の人生にとって幸せと感じる道を選ぼうと割り切っています。

友里子さん:周りの意見に耳を傾けすぎると、本当は自分が気持ちいいと思う選択肢が見えなかったり、見えても自ら閉ざしてしまったり、と勿体なく感じます。でもきっと素直に気持ち良い道を選べた先に、もっと楽しい世界や人生があるんじゃないかなと思います。わたしにとってはそれが農業だったので、魅力的な仕事の形として農業をもっと知ってもらえたら嬉しいです。

(インタビューはここまで)

「働く」を当たり前のように選択をしながら、「働くとは何か」腹落ちする答えを見つけられていない自分に気が付きました。働くことを通し、社会を循環させ未来に繋げている友里子さんのお話は、今まで見えていなかった大切な価値観を教えてくれたように感じます。何より、自らの仕事に胸を張る清々しい笑顔が印象的でした。

「こばと農園」ではインターンや見学も積極的に受け入れているそうなので興味を持ったら是非相談くださいね。