このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなあなんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト、今。

人間が快適に日々を過ごす中の、ほんの少しのことが、畑の中では多大な影響になる。
自然の変化、歪み。誰も答えを持ち合わせていないことだけど、それは確かに畑を蝕んでいく。

”今年の冬、あったかかったね。
寒すぎるのもつらいから、ちょっと楽チンだったなあ。”

”今年の春、すずしかったね。
いきなり暑くなっても困るから、ちょっと楽チンだったなあ。”

暖冬のおかげで安全に越冬した虫たちが、これまた安全に生き残った子孫たちと共に駆け回る。

体感では3倍。

共存を目指すわたしだって、虫を殺めなければ畑を維持できないほど。
大量のいのちの食糧確保に、うちの子たちが犠牲になる。

(いけにえのキャベツ)

夜が寒く、昼間はそれなりに暑い5月。野菜たちは混乱している。
夜がずっと寒いから、野菜たちは耐えることに必死で大きくなれない。
そのくせ昼はしっかりと夏に向かっているのだから、董立ち(花を咲かすための茎が伸び上がる状態)が多く見られ、葉物たちは出荷できるサイズになる前に花を咲かせてしまう。
夏野菜の苗も管理が困難で、のびのびになった茎は栽培管理の手数を増やして対応するしかない。

そう言っている間に、梅雨がくる。

雨もしっかり降るよ。
雑草パラダイスのはじまりだ。

農繁期、
コロナ禍、
端境期(はざかいき、農産物が採れない間の時期)。

ちいさな農家たちは悲鳴をあげて、いのちに愛を持つことが難しい。
おおきな声でつくったお野菜たちが総じて値を崩し、土に返すほうがましになる。でもその作業もまた農家の仕事で。

触れれば触れるほど、知れば知るほどに苦しくなる。
何を見て、何を受け入れて生きるのか。

過去何千年にも渡って積み上げられてきた中央集権的価値観を揺り戻す、「密」より「疎」の時代を、今を、どうやり過ごしていくのか。

未来は見えているか。

(2020年5月の定点観測)

もういっそ、消費しなければいいんじゃない?

いのちの持つ価値が経済的価値として換算されたとき、ひとは富を得て、またその富を一部の富の上に再分配していく。
ずっとそうやって格差が広がり、消費される側のひとたちの不満はつのり、消費する側の立場だけが強くなってきた。

生きることだけが、こんなにむずかしいなんてそもそもおかしいんだって。
生活を営む余白がこんなにもなくなるだなんて、あなたは想像できていた?

(いのちの水は与えられるものではなくて、探しにいくものなんだよ)

「正しさ」は、誰かが決められるものではない。
いつだってそこにあるのは、互いを思いやる愛と、未来を見据える希望。

たったひとつの地球を共有する全ての命が、その事実を忘れた世界を、地球が心地いいと思っているわけもなくて。
あちこちに歪みが起きてくる。そして、一番最初に苦しむのは弱きものだ。

弱きものを守ろう、なんてそんな綺麗事をいうつもりはないのだけれど、
あなたの「食べているもの」がもしかしたら弱きものなんじゃないかって、考えてみてほしい。

資本主義は多くの功績を残したけれど、ちょっと疲れてきている。
お金を払って「消費する」なんて感覚は、これから本当に最低限にしないといけない。
消費するのはとても楽チン。
でも、もう終わらせないといけないんだよ。

好きなものを語ろう。
たいせつなものに愛を注ごう。

あなたの日々の投資判断で、地球が生きる。

(甘い香りに誘われて、コーンミールを運んで食べる蟻。彼らはコーンミールを消化できないのでゆくゆく死ぬそうだ)

生きることは、地球をつかって営むこと。
いつ何が死んでもおかしくないのが世の定め。

忙しい日々に心を殺されずに、自分をどう営むのか。
一人ひとりの心が亡くなる前に。
ひとつひとつのいのちが、その先の未来に希望を見出せるように。

愛を誇ろう。

(photo by Natsumi Koike)